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カードワースシナリオリプレイ

カードワースシナリオリプレイ

 この小説はgroupAsk様のカードワースのリプレイです。カードワースの著作権はgroupAsk様にあります。
 また、小説内で使われる単語や内容はそれぞれ原作シナリオ作者様(各記事の下欄参照)に著作権があります。不備があればご報告いただけるとありがたいです。それ以外に関してはRiverに著作権があります。無断転載はご遠慮ください。

注意:
・オリジナル要素あり
・ネタバレあり(読む前に原作シナリオをプレイ推奨)

目次
 ・パーティ結成編
  ・(2016/03/26)PC1・2:タントとクラリス
  ・(2016/03/27)PC3:ホーク
  ・(2016/03/28)PC4:ユーフェ
  ・(2016/03/28)PC5:シルバ
  ・(2016/04/02)PC6:プリムラ
  ・(2016/04/03)パーティ結成

  ・(2016/06/18)キャラ紹介(+いただいたイラスト)

 ・駆け出し冒険者編
  ・(2016/04/10)第一話『ゴブリンの洞窟』
  ・(2016/08/09)第二話『感情の芸術家』
  ・(2017/10/07)第三話『リューン枯れ葉通り』前編後編
  ・(2017/10/20)第四話『鼠の行路』
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鼠の行路

 鼻を衝く泥と黴の匂い。
 肌を撫でる水気を孕んだ風。
 そして人心を苛む薄闇。
 今や陽の光は遠く。
 すぐそこにあるはず街の喧騒は土の下までは届かない。

 そこは地面の下。
 そこに、その男はいた。

 銀髪の男だった。

 男は一人で地下道を進んでいた。
 闇を纏い音もなく、影が地を滑るように歩く男。
 利き手の逆に持ったカンテラが薄汚れた石壁を照らしていた。

 交易都市リューンには他の大都市と一線を画す点があった。
 街の地下に広がる大空間、古代遺跡だ。

 リューンは古い時代の遺跡をベースに築きあげられた街である。
 リューンの街並みを歩きながらふと小道へと足を進めると、そこに地下への入り口がぽっかりと口を開けている。
 下水道などの設備は、その詳細は不明ながら現代も利用されていた。

 しかし男が歩いていたのは下水道ではない。
 リューン地下遺跡はあまりにも広大で、その全貌を把握している者はいないほどだった。
 そしてその不明瞭さは闇に生きる者たちにとっては都合のいいものだった。

 街の地下を縦横に張り巡らされた細道の網。
 そこは【鼠の行路】と呼称されてた。

 地下というのは人の生きる場所ではない。
 暗闇に恐怖し陽光を求めるのが人の性であるからだ。
 しかし、地下道を歩くその男は、陰鬱な闇を浴びてむしろ懐かしさに眩暈がするように感じていた。

 道はある時は曲がり、ある時は折れ、ある時は交差している。
 複雑なその構造は迷路を思わせた。

(……ある意味で、腐り根通り以上のリューンの闇だな、ここは。
 見られたくない物知られたくないことを隠すにはうってつけというわけだ)

 あらかじめ教えられていた道を迷うことなく進んでいく。
 目印があるわけでもなく、ただ記憶に頼ったその歩みは、それでも淀みがない。

 やがて男は目的地にたどり着いた。

 幾つ目かの曲がり角を曲がってすぐ、そこは通路の行き止まりだった。
 わずかに天井から洩れる光が、その場所が地上までほど近いことを示していた。

(あるいは地上の建物と一続きなのかもしれないな。
 歩いていた感覚ではリューン市街を超えてはいないと思うが、果たしてこの迷宮まがいの場所でどれほど自分の感覚が信じられるものか……)

 男はコツコツ・コツと節をつけて三回、石壁を拳で叩いた。
 硬質な音は通路に反響し、やがてぼやけて消えた。

 ――ギィ。

 しばらくの静寂ののち、何の変哲もないその石壁がぐるりと回転し、人が通れるだけの隙間が空いた。
 隙間からは橙色の光が漏れており、光の揺らめきが奥に人がいることを示していた。

「――入りな」

 隠し扉の奥から女の声。
 男はカンテラの火を落とし、中へと足を踏み入れた。

 そこは小さな部屋になっていた。
 通路の古くひび割れた石壁とは違う明らかに新しく作られた壁。
 天井にはランプが吊るされており、辺りを淡く照らしていた。
 床も新しく泥ひとつない。

 男は壁に縄梯子が掛けられていることに気づいた。
 先ほどの男の予想は当たっており、地上の建物と繋がっているようだ。

 そして男は部屋の真ん中へ視線を移した。
 そこにはテーブルが一つ、椅子が対面に二つ、据えられていた。
 テーブルの上には酒と思わしき瓶が乗っていた。

「ヨオ、久しぶりだなァ。
 ご機嫌はいかがだよ、色男?」

 二つの椅子の片方は空席。
 そして奥の椅子には先ほどの声の主が座っていた。

「――刺青」

 刺青と呼ばれたその女は、気怠そうに片手をあげた。

 短めの黒髪に翡翠のピアス。
 そして何より目を引く、その名の通り二の腕まで彫られた大きな刺青。
 眼光は鋭く、机上にだらしなく腕を放り出しているその態度は、その実、指先まで警戒心に染まっていた。

 その正体は盗賊ギルドの女幹部。
 そして男――盗賊ギルドの一員であり、今は冒険者として『紳士の祝杯亭』に登録している銀髪の男シルバ――の直属の上司だった。

「時間通り、結構なこった。
 初めて来る奴ァ大体迷うもんなんだがな。
 どうだシルバ、なかなかいい部屋だと思わねェか?」

「……死体を隠すのには都合がよさそうだな」

「ハッ、アンタらしいや」

 シルバの返答に特に感想もないようで、刺青は顎で対面の席を示した。
 シルバは一瞬迷ったが、勧められたまま席に着いた。

 ランプがじりじりと燃える。
 部屋の狭さも相まって、シルバは息苦しさを感じた。

「それで?
 何故わざわざこんなところに俺を呼び出した。
 報告ならいつもの手段でいいだろう」

「ったく、久しぶりに会うってのに随分とご挨拶じゃねェか」

 刺青は不機嫌そうな顔を作りながら手首をグルンと振った。
 すると次の瞬間にはその手の指の間に一本の紙巻きたばこが挟まれていた。
 そして満足げな表情で煙草をくわえると、いつの間にか反対の手に握られていた燐寸で煙草に火を点けた。

 そんな刺青の手品に驚くこともなく、シルバはただ煙を吐く目の前の上司に迷惑そうな顔を向けるだけだった。
 自慢の手品を無視された刺青は煙を吐き出しながら唇を尖らせる。

「――気分転換だよ、キブンテンカン。
 何せ盗賊ギルドってのは醜男ばっかで、そのくせ男所帯なもんだからな。
 シルバさんの麗しいお顔を拝見して、たまにゃあアタシも女だってこと思い出さねェと」

「……下らん。要件を言え」

 シルバは不快さを隠そうともせずに刺青を睨みつけた。

 シルバの顔は控えめに言っても整っていた。
 だがそれを指摘されることをシルバは好ましく思っていなかった。
 裏社会に生きてきたシルバにとって風貌が目立つということはマイナス要素だったからだ。

 そんなシルバの様子を見た刺青はクツクツと笑いを浮かべた。

「ま、冗談はここまでにして本題と行こうか。
 あいにくアタシも暇じゃなくてね。
 ったく、二足の草鞋ってのは大変だぜ……ってのはアンタも重々承知か」

「……」

 早く話せ、と態度で示すシルバ。
 刺青は肩を竦め、煙草を持つ手と反対の手でテーブルに置かれた瓶に手を伸ばした。
 杯に移さずそのまま一口だけ酒を飲み、顔をしかめた。
 どうやら質のいい酒ではないようだ、とシルバは思った。

 刺青の表情がスッと変わる。
 先ほどまでのだらけた態度は鳴りを潜め、プロの盗賊としての顔つきになった。

「――ジョン・ベイカー。
 あの裏切者の蝙蝠野郎が逃げやがった」

「何……?」

 裏切者ジョン・ベイカー。
 かつては刺青と同じくリューン盗賊ギルドの幹部の一人だった男。
 彼は盗賊ギルドを欺き、陰ながら盗賊ギルドのシマ荒らしを行っていた。

 組織を介さない強引な奴隷商売。
 敵対組織への武器の横流し。
 さらには禁忌とされるクスリの売買まで。

 彼の背信は組織的に行われており、それはとても小遣い稼ぎと呼べる規模ではなかった。

「……だが奴は失敗した」

「アア、その通り。
 奴の背信はすべて暴かれ、ギルドに引き渡された。
 牢に監禁され、ドギツイ拷問を受け、後は粛清を待つだけだった、んだけどな……」

 刺青が煙草を吸うのに呼応して、点された火が赤みを増す。
 地下室の薄闇の中でそれはやけに目立って見えた。

「……奴を捕まえたとき、アタシらは奴の子飼いの連中もまとめて処理したろ?
 だがどうやら食い残しがあったみたいでな。
 あのクソ野郎の息のかかったやつが、まだギルドの内部に残っていやがった」

「部下の手引きか。……失態だな」

「ああ、大失態だぜ。お互いにな。
 部下の方はすぐに処理できたんだが、肝心のあの男の居所がさっぱり掴めねェ」

 刺青は手に持っていた酒瓶をもう一度呷る。
 また顔をしかめて、今度は地面に煙草の吸殻を投げ捨て、それに向けて口に含んだ中身をペッと吐き出した。
 煙草の火は音も立てずに消え、刺青は酒瓶をテーブルへと戻した。

「ま、盗賊ギルドの拷問の後だ。
 今の奴の面ァ、とてもじゃねェが往来を歩けるような状態じゃないらしい。
 加えて、奴の昔の部下も今じゃほとんどが空の上か土の下だ。
 今更何かデケェことができるたァ思えねェが……」

「……だが奴は、俺たち『烈火と成る者たち』に恨みがある」

 その通り、と刺青は空いた両の手を合わせてシルバを指さした。

 ジョン・ベイカーの抱えていた奴隷商の一団の捕縛に一役買ったのがタントとクラリス。
 復讐しに来た彼を逆に打倒し、盗賊ギルドに引き渡したのがクラリスとホーク。
 そして彼の身柄の回収を直接行ったのが当時刺青の指示で動いていたシルバだった。

 つまり、『烈火と成る者たち』とも因縁浅からぬ関係にあるということだ。
 『烈火と成る者たち』に恨みを持っている彼の脱走はシルバにとって最悪の報せともいえた。

「何かお前らに接触があったら教えてくれ。
 奴ァ、やることは下種も下種だが頭は切れる。
 本人の腕っぷしも悪かねェ。
 ……ま、冒険者のガキどもにはやられちまったが」

「奴の危険性は十分に分かっているさ。
 せいぜい気を付けるとしよう」

 ジョン・ベイカーの脱走。
 それを聞いて、他のメンバーたちが心配だ、とシルバは思った。
 直接恨みを買っているのはクラリスやホークだろうが、追い詰められた復讐者にそういった理屈が通じないことは十分に承知していた。
 もし荒事に向いていないユーフェや、警戒心が薄いプリムラが狙われたとしたら。
彼女たちでは為すすべなく殺されてしまうだろう、とシルバは予想する。

(あの男は利己的ではあるが合理的ではない。
 計算高いがその根本は感情的でプライドが高い。
 間違いなく、俺たちに復讐しにくるだろう……。

 場合によってはこちらから対処することも考えなくてはな。
 『紳士の祝杯亭』の親父に警戒を呼び掛けて、それから……)

 シルバは対策を考え込む。
 その顔を刺青は目を細めて観察していた。
 それは単純な観察ではない。
 顔色から相手の心理を探る、盗賊の目だった。

「……それにしても、『俺たち』ねェ」

「なんだ?」

 唐突に口を開いた刺青をシルバは訝しんだ。

「いや、大した話じゃねェんだがな。
 さっきのお前の物言いが気になってな。
 シルバよう、お前。
 随分と冒険者稼業に入れ込んでるんじゃねェか……?」

「……ッ」

 ――思考が一瞬で停止した。

 シルバは何も言えなかった。
 言われてみるまで、気づきもしていなかったからだ。

 確かに今、シルバは暗殺者『シルバー』としてでも、盗賊ギルドのシルバとしてでもなく、『烈火と成る者たち』の冒険者シルバとして思考していた。
 それがあまりに自然なものであったため、シルバは刺青の指摘に大きく動揺していた。

 そんなシルバの様子を見て、刺青はわざとらしいくらい大仰に溜息を吐いた。

「分かってんだろうな?
 お前の仕事はあくまでも……」

「……ああ」

 シルバは刺青の言いたいことが分かっていた。

 ――最初は、なんて向いていない仕事だろうと思った。

 冒険者。

 夢見がちな連中だと思っていた。
 曰く、仲間とともに人助けで食っていく仕事。
 曰く、夢を追いかけ旅をする仕事。
 ……欺瞞だと思っていた。
 少なくとも、自分の生きる世界ではないと思っていた。

 今までのシルバの生きてきた現実とは余りにもかけ離れている。
 しかしシルバは『烈火と成る者たち』にいる自分を、不快に感じていなかった。

(『人は、人を喰らわねば生きていけない獣である』。
 ……誰かの利益のためには、その分他の誰かを陥れなくてはならないと思っていた。
 そう教えられてきたし、それを実践してきた。
 それが現実なんだと、疑ったこともなかった。だが――)

 考え込んでいるシルバを見て何を思ったのか、刺青が口を開いた。

「……らしくねェよ、『シルバー』。
 所詮アタシらァ日陰モンだぜ?
 冒険者になって人助けをして、何か感じ入るモンがあったかもしれねェ。
 お仲間たちと旅して、連帯感みてェなモンを得たのかもしれねェ。
 けどな、それで悪党の本質が変わるわけじゃねェぞ?」

 刺青はシルバを諭すように語る。
 それは決して彼を貶めようとしているわけではなかった。

 刺青はただ、真実を語っている。
 シルバにもそれが理解できていた。

「それに、だ。
 アンタの本来の仕事はあくまでも……」

「分かっているさ。
 今更俺のようなものが、真っ当な生き方をしようなどとは思っていない。
 ……現に俺は、始まりから彼らを裏切っているようなものだ」

 シルバは椅子から立ち上がり、テーブルに置いてあった不味い酒の瓶を手に取った。

「――報告だ。
 現状『紳士の祝杯亭』には疑わしい者が何人か。
 うち二名は重点的に監視している。
 ……今のところ目立った動きはない」

「了解した。
 ……ご苦労さん、引き続き潜入と調査を頼むぜシルバ。
 こう見えて、アタシはアンタを頼りにしてんだぜ?」

 シルバは黙って頷き、酒瓶を持ったまま元の遺跡の通路へと戻ろうとした。

「……シルバ」

 刺青がその背中に声をかける。
 シルバは振り返ることなくただ立ち止まった。

「……不味いぞ、その酒」

 刺青はただそう言った。
 自分でも何故呼び止めたのか分からなかった。

 シルバは硬くなっていた表情を少しだけ崩し、フッと笑みとも呼べないくらいに微かに息を吹いた。

「――不味かろうと酒だ。
 酔いを得るのに不都合はないさ」

 シルバは瓶の中身を一気に飲み干した。





【あとがき】
 SIGさんの作品「鼠の行路」をお借りしました。

 ……はい。
 本当に申し訳ありませんがほぼオリジナル回です。(こっそり買い物はしました!ここのリューンスキル互換は非常に便利です!)
 原作シナリオは非常に雰囲気のある店シナリオです。盗賊PCがいるならばぜひここには立ち寄っていただきたい。よそでは見ないような特殊なスキルや豊富なイラストのかっこいいリューンスキルが買えます。

 地下遺跡というのはリューンという街の特異性の一端なんじゃないかなと思います。
 技術の進んだ古代文明の存在の匂いとか、世界観の懐の深さを感じます。(River世界ではメカ要素は薄目ですが)

 内容の話。
 ようやくシルバの加入理由の真相が公開されました。そして何やら不吉な情報もありつつ。ところでジョンって誰よ。

 シルバ周辺書く時だけ世界の温度が低くなる……。

今回の入手品→
スキル【盗賊の手】→-1000sp

 ・・・・・・・・・銀貨袋の中身 【2210sp】

著作権情報…
 「鼠の行路」→SIG様「鼠の行路」より。著作権はSIG様にあります。

リューン枯れ葉通り(前編)

 日の光が一面の海を照らす。
 見事なまでの秋晴れだった。

 心地の良い潮風が、少女の黒髪の一房を浚っていく。
 少女は頬を撫でる髪をくすぐったそうに抑えた。

 そこは大海原を進む一隻の帆船の上。
 黒髪の少女はその甲板に一人で立っていた。

 美しい少女だった。

 長く艶やかな黒髪。
 均整のとれたプロポーション。
 シンプルなデザインのワンピースは、その飾り気のなさが却って彼女の纏う神秘性を高めていた。

 その姿はまるで船乗りたちを見守る海の女神のようだった。

 潮の香りを楽しむように深呼吸をする黒髪の少女。
 やがて瞼を閉じ、ゆっくり口を開き――、

「ありったーけーのー! ドリィィムをー! かき集めーてぇえぇー!」

 大声で謎の歌を歌い始めた。

 歪む音程に跳ね散らかる音律。
 それはもう、少女の美しさをぶち壊しにして余りある音痴さだった。

「なんですかその妙な歌は……」

 気持ちよさそうに歌う少女の後ろから声。
 黒髪の少女――プリムラは歌を聞かれていたことを恥ずかしがるそぶりも見せずにくるりと振り返った。

「おや、ユーフェさんじゃないッスか!
 船酔いはもう治ったッスか?」

 そこにはプリムラよりも頭一つ分小さい少女が呆れ顔で立っていた。
 ユーフェ・リベルト、プリムラの仲間の一人だ。

「もう船旅も六日目ですから、流石に慣れましたよ。
 ……まあその、初日こそ、このまま故郷から遠く離れた海の上で死んでしまうんじゃないかとも思いましたが」

 ユーフェは眼鏡を外してレンズを拭きながら答えた。
 彼女は船に乗った初日のことを思い出す。

 ユーフェの出身は森に囲まれた深緑都市ロスウェルだ。
 彼女にとって、船旅はもちろん、海を見ること自体も初めての体験だった。
 そのため始めはひどい船酔いで寝込んでいたのだった。

「で、こんなところで何をやってるんですかプリムラさん。
 そろそろ目的地に着くから荷物を纏めて欲しい、とクラリスさんから言われてきたんですが」

 一人妙な歌を歌っていたプリムラに疑問を投げかけるユーフェ。
 しかしパーティ結成から早ひと月。
 ユーフェもある程度はプリムラの奇行を見慣れていた。

「冒険の予感に胸を震わせてたッス!
 何せ『烈火と成る者たち』結成して以来最大の大冒険ッスからね!」

「冒険の予感、ですか。
 ……まあ、【未知の島の探検依頼】というのは確かに冒険者らしい冒険だと思いますが。
 妖魔退治やら下水道掃除よりはやりがいもありそうですし」

 今回『烈火と成る者たち』が受けたのは『新しく発見された島の探索』の依頼だった。

 依頼主はとある貴族。
 ジャンピニ・アビシニャン・リュリと名乗る彼は「白鷲連盟」という社交クラブの代表である。
 そしてリューンでも有数の知識人の一人でもあった。

 今回の島の発見も彼の功績だという。
 なんでも、彼は既存の海図を複数組み合わせて矛盾をはじき出し未発見の島を発見したという。

(――まあ、優秀ではあっても奇人変人の類でしたが)

 ユーフェは依頼人との邂逅を思い返す。

 依頼人リュリはとある社交クラブの主催者だった。

 名を「白鷲同盟」。
 社交クラブと言えば聞こえはいいが、実際は暇を持て余した貴族たちの遊び場であった。
 入場には仮面の着用が義務付けられており、『烈火と成る者たち』の一行もそれぞれ仮面を用意する羽目になったのだった。

 他にも謎の扉を(クラリスの解析によれば魔法の品らしい)設置してくるよう頼んだり、『烈火と成る者たち』に「私は一生リュリ家の下僕として仕えます」と書かれた宣誓書にサインをさせようとしたりと、掴みどころのない人物だった。

 そんな彼の依頼を受け、陸路で八日、加えて船(依頼人の持ち物らしい。どうやら資産も大した物のようで、かなり大きな帆船だった)で海路で六日をかけ『烈火と成る者たち』はここまで辿り着いたのだった。

「ところでタントさんは?
 船内にいなかったのでてっきり甲板だと思ったのですが」

「ああ、タントさんなら上ッスよ」

「上……?」

 ユーフェが上を見上げる。
 視線の先に、少年が一人。
 赤い髪を潮風に靡かせ、タント・アッカルドは船の頂点であるマストの上の物見台に立っていた。

「ちょっと、何してんですかタントさん!」

 マストの上は船で最も揺れの大きい場所である。
 時には熟練の船乗りたちですら事故を起こすこともある危険な場所だ。
 当然、素人が登っていい場所ではない。

「おーう、ユーフェ。
 ちったあ体調も良くなったか?」

 ユーフェの心配をよそに、タントは呑気に返事をした。
 マストから伸びる静索を伝いスルスルと降りてくる自由人。
 よっ、と掛け声をひとつあげてプリムラとユーフェの間に着地した。

「危ないですよタントさん。
 甲板っていうのは木製ではありますが見た目以上にかなり硬いんですから。
 あの高さから落ちたら……」

「大丈夫だっての、船乗りの連中には見つかってねえからな。
 船の上ってのはどうしたって運動不足になりがちだからな。
 たまにはこうやって体を動かしてねえといざってときに使いもんにならなくなっちまう」

「……そういう話をしてるわけじゃないんですが」

 少女は自分より四、五才は年上のはずの少年の言い分に溜息をつく。
 しかしここで食い下がったところでタントが聞き入れるはずもない、と学習するほどには、ユーフェも彼の人となりを理解してきていた。

「クラリスさんから連絡です。
 そろそろ島に着くと」

「ああ、そうみてえだな。
 上からも見えてたぜ。
 周りの島と比べてみるに、思ったよりも小さい島みてえだな」

 プリムラが船首の方へ駆ける。
 件の島は船の正面にあった。

「あれッスね!」

 プリムラが指さす方へユーフェも視線を向けてみた。

「なるほど、あの程度の大きさの島ならば確かに今まで見逃されていたのも頷けますね。
 探索もひょっとしたら一日あれば十分かもしれません」

「ええー、じゃあ心躍る大冒険とかキラキラの宝の山とか強敵との熱いバトルとかはなしッスかー?」

「強敵ってなんですか強敵って」

 肩を落とすプリムラを見てユーフェは呆れ顔だった。
 しかしユーフェもリューンから二週間近くかけてここまで来て、仕事が一日で済んでしまうというのは拍子抜けだった。

 そんな二人の様子を横目に、タントは目標の島を見つめる。

(新発見の未開の島、ねえ……。
 剣を振り回すような依頼じゃねえ、と思っていたんだけどな。
 どうにも危険な予感がしやがる)

 それは戦いの前の高揚感に似ていた。
 タントは荒事を待ち望んでいる自分に気づき、自らを戒めるように頭を掻いた。




 『烈火と成る者たち』は森の中を進んでいた。

 一言でいうなら、そこはまさに原始の森だった。

 大人二人が抱えられるほどの太さの幹が乱立している。
 その幹もびっしりと蔓で覆われ、長い年月をかけはぐくまれてきたことを感じさせた。
 緑の匂いはむせ返るくらい濃密で、地面は朽ちた枯れ葉が水を吸いじっとりとしていた。

 島はその大部分が森に覆われていた。
 森は人の手の入らない純の自然だったが、悪天候や危険生物の存在への危惧は杞憂に終わり、一行の探索は着々と進んでいた。

 今回の主な仕事は島の地図の作成――マッピングだ。
 地形を指標に基づいて図面化する高度な作業。
 しかし担当するクラリスは手慣れた様子で地形を書き込んでいた。

 シルバはいつものように一行の数歩前を行き索敵をする。
 プリムラはそのすぐ後ろから矢を構える。
 一見平和そうに見える森だったが、それでも長い年月人の目に触れていなかった島の森だ。
 いつ野生動物が襲い掛かってくるかわからない以上必要な行為だった。

 一方で未開の地であることは何もマイナス面だけではない。
 ホークとユーフェは島の植物の採集を行っていた。

 列島の一部であるこの島だったが、気候の違いのためか珍しい植物が少なくない。
 うまくすればリューンで換金することもできるかもしれない。
 依頼の邪魔にならない範囲でこういった副収入を見込めるものを集める、というのも冒険者でやっていくための知恵のひとつだった。

「――で、なんで俺は扉の下敷きになって山登りしてんだ」

 隊列の最後尾、タントが上目遣いでクラリスに抗議の視線を送った。
 決して媚びているわけではない。
 単純に視点が上にあったのだった。

 扉、あるいは戸板。
 一枚板で出来たごく普通の扉をタントは背に負っていた。

 依頼人から渡されたこの扉。
 見た目には分からないがどうやら魔法の品であるらしい。
 これを島の山頂に置いてくる、というのも依頼の一つだった。

「ごめんねタントくん。
 でも誰かが運ばないといけないから……」

 困ったような笑みを浮かべつつタントを見下ろすクラリス。
 タントが扉を運ぶ、というのはパーティの頭脳労働担当であるこの少女の提案だった。

「んなことは分かってるけどよ。
 俺が聞きてえのはこの人選についてなんだが?」

「タントくんは体力あるじゃない?
 それにタントくんってば、放っておいたら勝手にどっかいっちゃうもの。
 それくらいの重石があった方がいいかなーなんて……」

「まあ、そりゃあ一理ある」

「認めちゃったッス……!?」

 重石、という余りにも明け透けなクラリスの物言いに、簡単に頷くタント。
 プリムラもびっくりな開き直りだった。

 山登りをする以上、扉を運ぶための男手を要するのは必然であった。
 シルバには周囲の警戒という彼にしかできない仕事があり、ホークはもともと自らの得物である短槍を背負っていた。
 そういうわけで、クラリスはタントに扉を背負って登山するように頼んだのだった。

 ――そして結果的に彼女の人選は正解だったといえる。

 地図が半分ほど埋まり探索も折り返しに来て、ずっと中腰のまま扉を背負ってきたはずのタントは息ひとつ乱していない。
 体が資本である剣士という役割を鑑みても、タントの底なしのスタミナは驚異的だった。

「ここまで何も言わず運んできといて、今更ぼやかないでよタントー。
 確か、一番高いところに置けばいいんだよね、その扉。
 どうシルバ、そろそろ頂上っぽい気がするけど?」

 見かねたホークが先行するシルバに尋ねる。

「そう、だな。地図を見ていいか?
 ……どうやら正面に見えるあの丘を超えれば頂上のようだな」

「あれだな?
 っし、いっちょダッシュで――」

「こらこらー、言ってる傍からもう……。
 はぐれちゃダメよ?」

 気持ちの逸るタントをなだめつつ一行は大木の合間縫うように道ならぬ山道を登っていく。
 木々の間から覗く空にはいつもより眩さを増したような真っ白な雲が漂っていた。

 やがて急だった勾配は緩やかになっていく。
 木々もまばらになりだんだんと視界が開ける。
 どうやら一行は島の頂上へと到着したようだった。

「おつかれさまです、タントさん。
 どうやらここが頂上のようですよ」

 ユーフェが地図を眺めながらタントへ伝えた。

「ふう、やっとこいつと離れられるぜ……」

 よっこいせ――、とタントが背負っていた魔法の扉を地面に下した。

「で、こいつはどこに置いておきゃいいんだ?」

「その辺の木に立てかけておけばいいんじゃない?
 魔法の品って言ったって、ここには盗む人もいないだろうし」

 そう言ってホークは扉を受け取ると木の合間に扉を立てかけた。

「反対側は谷になっているようだな。
 向こうにも丘が見えるが……随分霧がひどいな」

「霧ッスか?」

 プリムラが登ってきた方向の反対を覗いてみると、シルバの言う通り急峻な崖になっており、その先には濃密な霧が立ち込めていた。

「木々がひしめき合っているから空気の水分が多いのね。
 ミルクみたいに濃い霧ね、谷の向こうが見えないわ」

 クラリスが霧の奥へと目を凝らす。

「……ううん、だめね。頂上からなら地形が確認できるかもって思ったんだけど。
 この分だとあっち側も実際行ってみて確認しないといけないわね」

「なあに、扉さえなけりゃあこっちのもんよ。
 ガンガン歩いて、日没までには船に戻ろうぜ。

 ……って、ちょっと待て。なんだありゃ?」

 タントの顔色がにわかに変わる。
 目を細めて、谷の向こう側、霧の立ち込める先を見据える。

「どうしました、タントさん?」

 珍しく真面目な顔になるタント。
 どうやら何かに気づいたらしい。
 観察力や注意力は盗賊であるシルバに劣るものの、タントの動物的な勘の鋭さはパーティ内一であることをユーフェは知っていた。

「シルバ、分かるか?」

 じっと前方を見つめたままタントがシルバに問う。
 視線は濃密な霧の奥へと注がれていた。

「……っ、見逃していたな。
 確かに対岸に、何かあるな」

 他のメンバーもタントの視線を追う。

「なんだか……チカチカ?
 光を反射してるのかな」

「何ッスかね、あれ。
 この距離から見えるってことはかなり大きいものみたいッスー。
 霧も深いし、ここからじゃ行けなそうッスけど……」

 霧の奥。
 全貌こそ見えないものの、谷の対岸に不自然な光の反射が見受けられた。

 しかしその一部を捉えた次の瞬間には流れる霧が認識を覆い隠す。
 まるでその奥にあるものを意図的に隠しているかのようだった。





 霧の先に何が隠されているのか。
 その答えが気になりつつも、『烈火と成る者たち』は探索を優先することにした。

 いったん山を降り、今度は反対側へと回り込む。
 そうして島の周辺を取りこぼしのないように進んでいった。

 最初の見立て通りあまり大きな島ではないようで、数刻の間に島の大体を地図に納めることができた。
 しかし霧に包まれた谷、その先へ至る道だけは見つけることができないでいた。

 島を隈なく歩きつくし、谷を除けば最後の場所。
 そこは山の麓の、地図上ではちょうど島の中央部に位置する場所だった。

 背の高い木々が重なり合いまるで洞窟の中のように薄暗い。
 そしてその木々の洞窟を抜けた先に、それはあった。

 それすなわち、巨大な顔面岩である。

 正確には表面の凹凸が顔のように見える岩だ。
 巨岩の周辺には木々が少なく、開けた空間の中央にまるで王様のように鎮座していた。

 『烈火と成る者たち』は石の周囲を取り囲むように観察した。

「なんだか人が作った石像みたいに見えるわね。
 この石の周りだけ空気が違うというか、森の雰囲気に似つかわしくないっていうか……。
 長い時間、風雨に磨かれてこうなったのかしら?」

 クラリスが岩の顔を眺める。

「人は無意識のうちに壁のシミや雲の形なんかの内に人間の顔を求める、という話を聞いたことがあります。
 クラリスさんの言うように、これもきっと偶然の産物なんでしょうね」

「――いや、違う。
 おそらくこれは……」

 ユーフェの解釈に『烈火と成る者たち』の盗賊が待ったを掛けた。

 岩の後ろに回っていたシルバ。
 シルバは地面に片膝をついて岩の下部を観察していた。

「みんな、岩から離れていてくれ」

 シルバは立ち上がると岩の端に手を掛け力を込めた。
 すると巨大に見えた岩はいとも簡単に動き始めた。

 ――否、巨岩はその底部を基点に回転し始めたのだ。 

「これは……」

 ユーフェが目を見張る。
 岩は半回転でその動きを止めた。
 顔のように見えた岩の裏に、ひび割れはおろか歪みひとつないほど綺麗な鏡面が現れた。

「鏡、のような……いや、これは鏡そのものですね。
 これは流石に自然にできたものとは思えませんね……。

 でもこの島は発見されたばかりで、誰も足を踏み入れたことがないと依頼人が言っていませんでしたか?」

「見ろ、台座に回転する仕掛けがされている。
 この岩、いや石像か。これが人工物であることは疑いようがない。
 ……依頼人の言を信じるのならば、遺跡の一部かもしれないな」

「まじッスか!?これはいよいよ大冒険の匂いがしてきたッスね……!
 でもこれ、何の意味があるッスかね?
 この鏡だけこんなところにポツンと置いてあっても、あんまり使い道がないような」

 プリムラが首を傾げる。

「あっ、みんなちょっとこっちに来てみて!」

 少し離れていたところに立っていたクラリスが何かに気づいたように声を上げた。

「この鏡、日の光を反射してるんだけど、反射した光線がさっきの谷間に続いているわ。
 もしかして、さっきタントくんが見つけた霧の中の何かに関係してるのかも!」

 期待を胸に秘め、『烈火と成る者たち』一行は扉を設置した山の頂上へと戻ってきた。

「見ろ、麓から光が伸びている。
 先は……対岸のようだな」

「ほえー、綺麗ッスねー。
 あ、向こうからも反射してきてるッス!
 こっちに伸びてきてるみたいッスね!」

「霧の中を光が走っているようです。光の橋、ですね。
 でも、こちらとあちらが光でつながったところで、実際に通れるわけじゃないですよね?」

 光の橋はちょうど一行の足元につながっていた。

「通信手段だったのかもしれねえな。
 昔見たことがあるぜ。砦と砦の間で連絡を取る時に、砦の上で焚火を焚くんだ。
 そいつを鎖状につなげていけば、簡単な情報なら馬より早く伝えられるってな」

「初めて聞いたわ、それは面白い仕組みね。
 じゃあもしかしたらこっちにも向こうに光を送るための装置があるのかもしれないわね」

 クラリスはそう言いながら光の終着点に手を伸ばしてみた。
 それはそのくらいの明るさなのかを確かめてみようとした、何気ない行為だった。

「――えっ?」

 しかし、クラリスは突然ぎょっとした表情を浮かべてそのまま固まってしまった。
 一体何事かと、クラリスの様子を訝しむ一同。

「どしたのクラリス?
 変な顔しちゃってさ」

「わ、私の勘違いだと思うんだけど……。
 ねえ、ホークくん、ちょっとこの光に手を翳してみてくれない?」

「え?まあいいけどさ……」

 そういってホークも光へと手を伸ばす。

「!!?」

 そしてまた、ホークもぎょっとした顔をした。

「この光、触れるんだけど!?
 しかも石みたいに硬いや……!!」

 『烈火と成る者たち』はこぞってその実体化した光を確かめた。
 見た目こそ光でできたものだったが、確かにそこにはしっかりとした石の感触があった。

「――ってことは何か?
 この光の橋ってのは、本物の橋だってことか……!?」

 タントは橋の続くその先を見た。
 視線の先には真っ白な霧に包まれた対岸。
 一体そこに何が隠されているあるというのか。

「どうする……?」

 クラリスが『烈火と成る者たち』の顔色を伺う。
 果たしてこの橋を渡るべきか否か、という意味だ。

 空は雲一つない快晴。
 そして日が暮れるまではまだ十分に時間がある。
 光の橋の仕掛けについては今すぐに消えることはないと思われた。

 しかしその一方で危険を感じていた。

 第一に、この橋が罠なのではないかということ。
 中途半端に進んだところで橋が消えたりしたら、生きて戻ることはできないだろう。

 第二に、橋の先にあるものについてである。
 このような大掛かりな仕掛けを作ってまで隠していたもの。
 冒険者たちの命を脅かす危険性のあるものが隠されている可能性は十分考えられた。

「――でも、その危険を押してでも、ここは渡るべきだと私は思う。
 私たちが受けた依頼は島の探索よ。
 この先を調べないで帰ったりしたら片手落ちだもん。

 それにこの橋――、とてつもない神秘よ。
 一魔術師としてはこの技術の出所が知りたいわ」

 クラリスの翠の瞳が使命感に燃える。

「俺も渡るべきだと思うぜ。
 言ってみりゃあこいつは、この島にケンカを売られてるようなもんだぜ?
 『命が惜しくなけりゃこの謎にかかってこい』ってな」

「ま、僕らは冒険者だからね。
 危険を冒して、宝を持ち帰ってこそ冒険者でしょ。
 新発見の島に現れた謎。
 こんな美味しそうなものを食べ残して帰るなんて、親父さんに怒られちゃうよ」

 タントとホークもクラリスの意見に同意する。
 他のメンバーも同様で、反対するものはいなかった。 

 隊列の先頭を行くのはいつものごとくシルバだった。
 いつもは冷静なシルバも、儚げにに見える光の橋へと最初の一歩を踏み込んだ時は
緊張しているようだった。

 次いでホーク、クラリス、ユーフェ、プリムラが足を踏み入れた。
 ユーフェはできるだけ下を見ないようにし、クラリスの裾を力強く握っていた。

 殿を務めるのはタントである。
 他のメンバーの様子を見ていたためか、あっさりと光の上へ身を預けた。

「さあ、文字通り危ない橋を渡るってやつだ。
 この島の謎とやらを見せてもらおうじゃねえか」

後編へ続く……

リューン枯れ葉通り(後編)

 光の橋は霧の中を対岸に向け真っすぐに伸びていた。

 その儚げな印象とは裏腹に、踏んだ足へ返ってくる感触は石造りの橋と遜色ない。
 やがて『烈火と成る者たち』も、恐怖心より好奇心が勝ってきた。

「なんだか天に昇ってくみたいな気持ちだぜ」

「止してくださいよ縁起でもない。
 こう周りが真っ白だと、気持ちは分からないでもないですが……」

 霧の中を進んでいく一行。
 下から眺めたらどう見えるのだろうか、とふと誰かが疑問に思った。

 やがて霧が薄らいでいく。
 気づけば硬質でありながら表面は滑らかだった足元の感触が、ごつごつとした石畳のものへと変わっていた。

 霧が晴れる。
 一行は対岸へと到着していた。

「ここからはごく普通の石畳の道のようだな」

 シルバが地面を確かめる。

「無人島に舗装された道がある時点で普通とは言い難いけどね。
 でもこれで決まりだね」

「はい、間違いなくこの島には人のいた形跡があります。
 つまりは、何らかの遺跡というわけですね」

 一行は石畳の道を進んでいく。

 舗装された道以外にめぼしいものはない。
 植生や地質そのものは今まで調査してきたものと同様だった。

 そしてその道の先に建物の輪郭が見えてきた。

「あれは、教会?かな?」

 ホークがユーフェへ訊ねた。

「ええ、驚きました……。
 聖北の教会に間違いないと思います。
 ですが、こんなところに教会があるなんて話は聞いたこともないです。

 ……どうやら今は使われていない建築様式のようですね。
 はっきりと時代は分かりませんが、古いものであるのは間違いないようです」

 建物――教会は霧を纏い浮かぶように存在していた。
 その厳かな外見は失われた神秘を体現していた。

 一行は逸る気持ちを抑えつつ建物に近づく。
 入口の扉は古く、鍵は地面に錆落ちていた。

「開けるぞ――」

 壊さないよう慎重にシルバが扉を開く。

 そこは神聖な場所だった。

 目の前に広がったのはかつては絢爛だったであろう礼拝堂の姿だった。
 大きなステンドグラスが眩いくらいに辺りを照らし出す。
 一歩踏み込むと埃が舞い上がり、途方もなく長い時間人が訪れていなかったことを示している。

「これは流石に――」

「ええ、言葉も出ないわね……」

 『烈火と成る者たち』の中には決して信心深いとは言えないものもいる。
 しかしこの場においては誰もがみな、この教会へ畏敬の念を抱いていた。

 一行は静かに辺りを眺めた。
 教会の中は荒れ果てていたが、ところどころにかつての面影を残してた。
 例えば正面に安置された巨大な彫刻のモニュメント。
 その手前には祭壇が設けられていた。

「祭壇の上……あれって棺ッスかね?」

 プリムラが祭壇の上に捧げられるように置かれた棺に気づいた。
 近づいてみれば、ごく普通の木製の棺の様だった。

「何か書いてるッスよ。
 えーと……」

 目を細めて文字を読み取ろうとするプリムラ。

「読めるのか?プリムラ」

「読めないッスよ?
 ユーフェさん、パスで」

「これも随分古い時代の文字のようですね。
 おそらくはこの教会が建てられたときに使われていたものでしょう。
 ……ちなみに私も読めませんよ?」

 その場の全員の視線がクラリスに集中する。

「オーケー、任せて」

 クラリスが棺の文字を読み上げる。

 “――偉大な神父 イゴリアス・トッド かの地へ旅立つ”

 棺にはそう書かれていた。

「聞いたことのない名ですね……」

「私も。古すぎるのか、あまり有名じゃなかったのか……」

 何の資料もない状態ではクラリスもユーフェもお手上げだった。

「どうやら鍵も罠もなさそうだぞ。棺なのだから、当然だろうが……。
 中を確認してみるか?
 この教会の由来に関しても、何か手掛かりが見つかるかもしれん」

「棺を開けるんですか。
 罰当たりではないでしょうかね?」

「でもここまで来たら、最後まで見届けないといけない気もするよ」

 棺を開けるべきだと主張するホーク。
 しかし果たしてそれが正しいことなのか、他のメンバーは決めあぐねていた。

 そんな中、タントが口を開いた。

「……ちょっと待ってくれ。
 その棺、妙に嫌な気配がしやがるぜ」

 一行が棺に注目する。
 古めかしいこと以外はごく普通に見える棺だ。

「開けたら最後ここから生きて帰さねえ、そんな“意思”を感じる。
 古代の呪いか、はたまた神罰かは分かんねえけどな。

 ――よっと」

 意味深な言葉をつぶやきながら、タントは棺の蓋を開いた。

「なんで不吉なこといいながら開けちゃったの!?」

「あれ、開ける流れかなーっと思ったんだけどな。
 ま、呪いだの神罰だのはあらかじめ覚悟を決めときゃなんとかなるさ。

 それで、中身はなんだ?
 トッドさんとやらの遺産でも入ってりゃ儲けもんなん、だけど、な……って……」

 棺の中身を見たタントの表情が変わる。

 少年の瞳に映ったのは黄金の輝きだった。

 眩いほどの金。

 大量の金塊。

 ぎっしりと詰まったお宝。

 棺の中には、普通に生きていてはお目にかかることはないであろうほどの山ほどの金銀財宝が詰め込まれていた。

「なんじゃこりゃあああ!!」

 開けた本人であるタントの叫び声が荘厳な礼拝堂へ響き渡った。

「ヒャッハーーー!!
 とんでもないお宝ッス!!」
 
「あわわわわわわわわわわわわふぅ」

「大変!ユーフェちゃんがおかしくなっちゃった!」

「……」

「これは、すご……」

 六者六様の反応を示す『烈火と成る者たち』。
 先ほどまで教会に感じていた敬意と畏敬の念は暴力的なまでの黄金に塗りつぶされた。

 全員が落ち着きを取り戻すまでに、数分の時間を要した。

「……これだけの財宝、一度では持ち帰れまい。
 持ち帰るならば今は一部だけだろうな」

 一番冷静なシルバが言った。
 しかし彼も黄金を前にして普段より落ち着きがない様子だった。

「でも、いいのかしら。
 タントくんも言っていたけど、バチがあたるんじゃないかしら……」

「大丈夫ッスよ!
 多少運が悪くなっても、この量のお宝なら埋め合わせできるッス」

 反対するものもいたが、結局シルバの言う通り一部だけを持ち帰ることにした。

「ところで地図はどう?
 お宝を見つけてつい興奮しちゃったけど……」

「えっと……うん。
 ここが最後の場所だったみたいね。
 地図は全部埋まったようだし、依頼は達成ってことでいいんじゃないかしら?」

 クラリスが几帳面に書き込まれた羊皮紙を広げる。
 確かにこの島の全貌がそこに表されていた。

「よし、じゃあ帰るとするか。
 リューンに帰ったら、残りの宝をどうやって運び出すか考えようぜ」

 『烈火と成る者たち』は教会を後にした。

「……?」

 教会を出るときに、プリムラは首の後ろに何か妙な感覚を覚えた。
 一度だけ、誰もいなくなった礼拝堂へ視線を向ける。
 棺が開いていること以外、そこは入ってきた時と同じ状態のままだった。

「どうしたー、プリムラー?
 早く来ねえと置いていくぜー」

「あ、ちょっとちょっとタントさん置いてかないでー!
 すぐ行くッスよ!」

 奇妙な感覚を気のせいだと断じて、プリムラも後を追った。

 光の橋がいまだ健在なのを確認し一安心した一行。
 来た時と同じように、霧の中へと足を踏み入れる。

「それにしても、謎を解明するために行ったのに、これじゃああべこべだ。
 もっと大きな謎を見つけてきちゃったわけだ」

 橋を渡りながらホークが誰に向けてでもなく呟く。

「そうですね。空の棺の謎に、イゴリアス・トッドという人物の謎。
 棺に刻まれていた文章も謎のままです。
 『偉大な神父 イゴリアス・トッド かの地へ旅立つ』でしたか」

「ええ、一応メモをしてきたわ。
 かの地っていうのはどこのことなのかしら」

 ユーフェは往路と同様にクラリスの裾をぎゅっと握りしめて歩く。

「昔の人間みたいだし、もう生きちゃいねえ……んだろうな。おそらく。
 まあ棺の主が神父のだろうと娼婦のだろうと宝は宝だ。
 頭使うのは学者の仕事で、俺たちの仕事は足を動かすことだ。だろ?」

「タントの言う通りだ。
 今回の仕事に関しては、体を動かした分以上の見返りがありそうだがな」

「ははっ、違いねえ」

 タントはバシバシとポケットを叩きながら笑った。
 そこには宝の一部が詰まっている。
 これだけの量でも、今回の報酬の倍以上は望めるだろう。

 報酬の使い道を考えながら一行は歩を進める。
 光の橋を渡ることにもすっかり慣れてきていた。

 割のいい依頼だった――。
 誰もがそう思っていたころ、突如として異変が生じた。

 それは『烈火と成る者たち』が橋の中ごろに差し掛かった時。

 ――バンッ!!
 はるか後方、教会のあった丘から何かが弾けるような音が聞こえてきた。

 次いで、遠雷のような重低音がゴロゴロと響く。

「地鳴り……!?
 これってもしかして……!!」

「遺跡が崩れてる――!?」

 次の瞬間、橋がガタガタと揺れ始めた。

「キャァア!!」

 ユーフェが叫び声をあげてクラリスにしがみついた。

(対岸ごと崩れているとすれば、この橋も無事ではすまん――!)

 シルバは焦りを覚えながらも状況を確認しようとする。
 しかし振動は大きさを増していく一方で、辺りに立ち込める霧が正常な判断力を低下させる。

 もはや一行はパニック寸前だった。
 光の橋という常識の外にあるものに身を預けているということが不安感に拍車をかけていた。

「みんな、姿勢を下げて慎重に進むぞ!
 踏み外したらそこまでだ……!」

 地鳴りに負けぬよう、シルバが精一杯の大声を上げた。
 冒険者たちはつかの間の正気を取り戻し、しゃがみ込むようにして着実に対岸へと近づいていく。

 対岸まで、あと少し。
 真っ白な悪夢の中に希望を見出したその瞬間。

「バォオオオオオオオオオ……!!」

 霧の中に何者かの咆哮が轟いた。

「なんですか、今のは!?」

「霧の中に、何かいるよ!」

 ホークが辺りの気配を探る。
 咆哮の主を見出そうとしたが、その試みは失敗に終わった。

(……違え、霧の中にいるんじゃねえ。
 ってことは、この霧そのものが……!!)

 タントは霧が一所に向かって流れていくのを感じた。
 やがて気配は集まり、凝縮し――、

「バァォオオオオオオオオオ!!!」

 それは、姿を現した。

 凝縮された霧の怪物。
 真っ白な体躯は見上げるほど大きい。

「……ハッ、まじかよ」

 タントは思わず渇いた笑いを浮かべた。
 島に来る前に感じた不穏な感覚は、あるいはこの怪物との邂逅を予期してのものだったのかもしれなかった。

 トカゲの体に角と翼。
 実物を見た者はわずかであるはずなのに、誰もが姿を知っているその怪物。

 ――ドラゴン。
 神話に謳われる英雄たちの天敵。
 遺跡の守護者であるその竜は、体と同じ真っ白な霧を纏いながら、『烈火と成る者たち』へ牙を向けてきた。

「走れェェ!!」

 タントが剣を抜きながら叫ぶ。
 他のメンバーを先に行かせ、自分は霧の竜へと相対する。

「セェアッ!!」

 気合一閃。
 霧の竜へと一撃を繰り出したタント。

 剣は竜の体を掠めた。
 霧を押し固めて作ったようなその体からは、血の代わりに白い靄が千切れて宙へ散った。

(剣で斬れねえことはねえ……。
 霧の怪物っつっても実体がないわけじゃねえみてえだな。
 しかしこの巨体だ、本当にダメージになってんだかどうだか……!)

「ギャオォオオオオオ!!!」

「くっ――!しまった!」

 竜がタントの横を掠めるように飛んでいく。
 霧で構成された体のためか、その動きは風に舞う雲のように軽やかだ。

「そっちに行ったぞ!気をつけろ!」

 ドラゴンはぐるりと体を翻し、一行の行く手を阻むように橋へと降り立った。

「前塞がれたッス!バックバック!」

 プリムラが担いでいた弓を構える。
 一矢竜の眉間目がけて射掛けるが、慌てていたためか矢は明後日の方向へと飛んで行った。

「……ッ――!やばっ――」

 竜が腕を振るう。
 力任せに薙ぎ払われた腕はプリムラの体を吹き飛ばすには十分な重さと速度だった。

「ゴフッ――!」

 プリムラの華奢な体が宙へ浮かんだ。
 肺の空気が抜け、視点は拠り所を失い、意識が暗転する。
 その体はそのまま橋から投げ出され――

「……ッ」

 遥か谷底へ落ちていくところだったが、辛うじてシルバがその体を抱きとめた。

「さっすがシルバ!かっこいい!クール!男前!!」

「いいから前を向けホーク!
 ……一撃で意識を奪われたようだな。あの腕には気をつけろ!」

「回復します――!
 シルバさん、プリムラさんをこちらへ!」

「プリムラちゃんは任せたわ、シルバさんユーフェちゃん!
 ホークくんは援護お願い!」

「っしゃ、任された!」

 ホークが槍を構える。
 くるりと空を切り、切っ先が鈍く輝き霧の怪物へと向けられた。

「そりゃ!」

 “入り”を見せない高速の踏み込みからの突き。
 狙うは竜の顔面だ。
 小柄なホークから見てかなり上に位置するその場所だったが、剣に倍する槍のリーチからは逃れられない。
 槍は竜の頬を貫き、また霧が舞う。

 ――しかし、浅い。
 槍はリーチこそ長いものの刀身が小さい分一撃の威力は剣に劣る。
 竜は一瞬怯んだものの、また豪腕を振り上げホークへと振り下ろそうとした。

「《鏃よ灯せ火焔よ驕れ、山辺を朱色に染め上げよ》」

 ――しかし、遅い。
 最初からホークの狙いは牽制だった。
 クラリスの手には【炎の矢】が準備されていた。

「《燃えろ》!!」

 火炎が翔る。
 クラリスの手から放たれた術は狙いを過たず竜の首元で爆発した。

「イギィイイイイイイイイイイイ!!?」

 ドラゴンから苦悶の声が上がる。

「かなり効いてるみたいだぜ!
 霧でできた体だから、火に弱いのかもな」

 タントが最前線に到達した。
 そのまま駆け抜け、相手が怯んだ隙に懐へと入り込む。

「食らえッ!!」

 右手に持った剣を振りかぶるように一閃。
 剣技も何もない大味な攻撃だったが獣相手には効果的だ。
 さらに右足で相手の傷口に抉りこむように前蹴りを叩きこむ。
 竜はその傷口から大量に霧を吹きだした。

「――とどめ!!」

 タントの攻撃は休まらない。
 竜は身をよじってタントの攻撃を避けようとするが、それを超える速度でタントは相手に肉薄する。
 右足が地面に着くのと同時に、今度は両手に持ち替えた剣で胴薙ぎを食らわせる。

 冒険者たちの間ではドラゴンの強みは三つあるといわれている。

 強大な膂力、魔力を帯びた息吹、そして何物をも通さない鋼の鱗である。
 本来竜の体は最高硬度の鱗で隙間なく覆われており、特殊な武器と強靭な戦士でなければ貫けないはずだった。

 しかし今『烈火と成る者たち』が相対しているのは、見た目こそドラゴンそのものだったが体は霧でできたドラゴンだ。
 タントの息も吐かせぬ連撃の前に、霧はただ散りゆくのみだった。

「ふう。一丁上がりだな。
 さ、橋が崩れねえうちに早く――」

「――危ない、タントくん!!」

 クラリスの鬼気迫る叫び声に、タントは反射的に頭を下げた。
 その頭の上を先ほどの豪腕よりいくらか小さくなった腕が通り過ぎる。

「……おいおいまじかよ」

 首がもげれば例外なく死に至る、というのがタントの世界の常識だった。
 しかし目の前の光景はそれを否定していた。

 タントによって散らされた竜は、その身を五つの小さな竜へと分けて『烈火と成る者たち』の行く手を阻んでいた。

「もうっ、しっつこいなあ!」

 ホークが槍を回して構えなおす。
 相手の大きさを鑑みて、持ち手の長さを変えたのだ。

「全部とやり合ってたらキリがないわ!」

「……やるならば真ん中の個体だ。ぼんやりとだが、あの先に対岸が見えた。
 時間がない、あいつを倒して一斉に駆け抜けるぞ」

 シルバが後方から指示を出す。

「集中攻撃ってわけだな……!!行くぜお前ら!!」

 タントを先頭に、五体のうちの真ん中の小竜にのみ攻撃を仕掛ける。
 先ほどの巨体であったころと比べスタミナがないのか、小竜はすぐに散り散りになった。

「――ッ!今だ、駆け込め!!」

 空いた隙間に一行は一斉に駆け込んだ。
 霧を抜け、元来た山頂へと飛びあがった。

「ハァ、ハァ……」

「追いかけて、こない、みたいね……」

 後方を見れば、霧は晴れたようで、竜の姿はなかった。
 もしかしたら霧の中でしか生きられない生物だったのかもしれない。

 なおも地鳴りは続いていた。
 衝撃は山頂にも伝わってきていた。
 白い霧が晴れた代わりに、辺りを土煙が覆う。

 やがて地滑りの音が谷底へと吸い込まれていく。
 教会のあった対岸は丸ごと崩れ去ったのかもしれない。
 土の煙幕が谷底へと降り尽くしたときには光の橋も、濃密な霧も、夢であったかのように消え去っていた。





 プリムラはユーフェがすぐに治療の術を使ったおかげか、すぐに意識を取り戻した。
 起きたら谷の対岸が丸ごと無くなっていて大層驚いていた。
 谷の崩壊のあと一行はすぐに引き上げることにした。

 船に乗りリューンへと向かう。
 半日ほどの間に大冒険が詰まっていた島での探索に比べ、帰りの道中は退屈なものだった。

 そして二週間後、『烈火と成る者たち』の姿はリューンの枯れ葉通り、「白鷲同盟」の屋敷にあった。

「おかえり冒険者諸君。
 ひと月ぶりか。少し日焼けをしたかな?」

 痩身で中性的な印象の男性。
 貴族らしく振舞いは上品で、しかし瞳には妖しげな光を宿している。
 依頼人ジャンピニ・アビシニャン・リュリは、出発前と変わらず安楽椅子に座ったまま冒険者たちを迎え入れた。

「そりゃあ一か月のうち半分は船の上にいたからな。
 あんたは相変わらずの出不精みてえだな」

「ふふっ、タント君も中身は相変わらずのようだね。
 貴族であり、依頼人でもある私にも清々しいくらいに失礼なその態度。
 ああ、口を慎めとは言わないよ?君はそれくらいがちょうどいい」

 依頼人はタントの軽口をにこやかに流した。
 さすがは貴族たちのクラブを仕切る長といったところか。

「それでそれで?早く地図をもらえるかい?
 それと是非とも君たちの冒険の話を聞かせてもらおう」

 リュリはまるで子供のようにはしゃいでいた。

「これをどうぞ」 

 クラリスが荷物袋に大事にしまっていた地図を手渡した。
 依頼人は受け取った地図をすぐさま広げてじっと眺めた。

「ほお、素晴らしい。
 抜けはないし何より正確だ。
 冒険者というのはガサツなものだと思っていたが、これは冒険者という人種への評価を改めねばならぬようだね。

 ――ところでこの山頂付近の記入はなんだね?
 これは……建造物か?」

「ええ、そうです」

 少し迷ったが、クラリスはすべて話しておくべきだと判断した。

 無人島にあった光の橋。
 隠匿されし謎の教会。
 そして『烈火と成る者たち』を襲った霧の中の怪物。
 すべては土砂崩れの中へ消えてしまったことだ。
 今となっては何の証拠もない。

 しかしこの依頼人はリューンきっての学者である。
 教会の棺に刻まれていたイゴリアス・トッドという神父の名に関しても何か知っているかもしれない。

「興味深い」

 話を聞き終えたリュリは大きく息を吐いた。
 感想自体は端的だったが、彼の好奇心を刺激するには十分な内容だったようだ。

 彼は安楽椅子への肘掛へ頬杖をついて何かを思案する。
 そしてまるで探偵が真相を語るかのように徐に口を開いた。

「――教会があり神父がいたからには何かの教会がそこにあったのだろうよ。
 果たしてそれが聖北のものであるかは分からんがね。
 ……となると、海図の違和感にも説明がつくな。
 海図の矛盾は偶然じゃない。あの島は意図的に隠されていたというわけだ。

 よろしい、私の方でも調べておこう。
 ふふふ、久しぶりの新しいおもちゃだ。
 すぐに平らげるのは容易だがそれでは趣がないからね」

 そういうとリュリはポンポンと二回手を叩いた。
 すると本棚の上から麻袋を咥えた黒猫が飛び降りてきた。
 黒猫は依頼人に麻袋を渡すと冒険者たちを一瞥した。
 しかし興味がなかったようで、すぐに視線を外して一度だけ欠伸をして自らの縄張りへと帰っていった。

「謝礼だ。採取物の分は少し色を付けておいた。
 ひと月もの間ご苦労だったな。
 ゆっくり休んでくれたまえ」

 クラリスが麻袋を受け取った。
 ずっしりとしたその感触に、長かった今回の依頼が報われた実感を感じとった。





 後日談、ではなくその日の夕方の話。

 ひと月ぶりに紳士の祝杯亭へと帰還した『烈火と成る者たち』は、親父への挨拶もほどほどに早速持ち帰った宝を検分してみることにした。
 遺跡の財宝は土砂崩れで失われてしまったが、換金すれば相当になるであろう量の財宝を持ち帰ることに成功していた。

「なん……だと……!?」

 しかし現実は甘くなかった。
 ポケット一杯に詰まっていた金銀財宝はただの石くれへと変わっていた。

 財宝を持ち出せないよう何か仕掛けがしてあったのかもしれない、というのはクラリスの推理だった。

「そう簡単に一攫千金はできないってことッスね!」

「骨折り損のくたびれ儲けですね……。
 なんでプリムラさんは落ち込んでないんですか」

「ふふふー、そりゃあ勿論……」

 プリムラは立ち上がってビールの注がれた杯を構えた。

「みんなで冒険、楽しかったッスから!!」

 プリムラの満面の笑みに少しだけ心が救われた一行は、掲げられたプリムラの杯にそれぞれの杯をぶつけた。





【あとがき】
 小柴さんの作品「リューン枯れ葉通り」をお借りしました。
 一年と二か月ぶりの更新となりました。ファイル作成日を見てびっくり。
 しかし大好きな原作だったので楽しく書けました!

 小柴さんと言えば寝るサクのGuillotineでご存知の方も多いかもしれません。
 絵も描けるしシナリオも作れるという万能なお方です。
 今回リプレイしたのは探索パートでしたが、リューン枯れ葉通りも買い物も冒険もできる万能シナリオです。
 スキルは超かっこいいし隠し要素なんかもあり何度も通えるシナリオですので、すでにプレイされてる方も再プレイしてみてはいかがでしょうか。

 アイテム&報酬いっぱい貰いましたぜー!
 お買い物行くのじゃあああ!

今回の入手品→
報酬800sp+80sp
仮面代-100sp
アイテム【仮面】→売却→50sp
アイテム【魔素解析学】
アイテム【虫眼鏡】
アイテム【蜥蜴の涙】
アイテム【錆びた剣】→売却→500sp
アイテム【蝶花の種子】×3→売却→30sp
アイテム【ダグルグミ】
アイテム【タセルツリー】
アイテム【オンクーの芽】

 ・・・・・・・・・銀貨袋の中身 【3210sp】

著作権情報…
 「リューン枯れ葉通り」→小柴様「リューン枯れ葉通り」より。著作権は小柴様にあります。
 「炎の矢」→飛魚様「武闘都市エラン」より。著作権は飛魚様にあります。

感情の芸術家

 リューンから徒歩で二日ほど離れた場所にある山間の村。
 名を『ライトネル村』という。
 人口は百人にも満たない小さな村だ。

 村の中には宿屋が一つしかなく、たまに訪れる旅人たちはその宿に泊まるのが常だった。
 駆け出しの冒険者パーティである『烈火と成る者たち』一行も、その『雪上の轍亭』という名の宿に宿泊していた。

 時刻は日暮れ前。
 タントたちは夕食を終え、他に客もいない食堂で夜が更けるまでの時間を思い思いに過ごしていた。

「今日も一日、雨だったな……」

 窓の外を占める曇天を眺めながら呟いたのは『烈火と成る者たち』の盗賊であるシルバだった。
 見上げた空は分厚い雲に覆われて、ザーザー降りの雨音が耳朶に触れる。
 シルバは小さな溜息を吐いた。

「――外はまだ雨風が強いようだねぇ」

 シルバの独り言に返事を返したのは『雪上の轍亭』の女将だった。

「この分じゃ明日も足止めかもしれないね。
 あたしとしちゃ、お客さんらがいつまでもいてくれた方が嬉しいけど」

 宿の女将は夕食の後片付けをしながら『烈火と成る者たち』へ話しかけた。
 この村での四度目の夕食を終えた一行は宿の食堂で暇な時間を過ごしていた。

「女将さんはそれでいいかもしれないけどさー。
 正直参っちゃうよ。依頼のためにここまで来たのに、このままじゃ報酬が宿代で消えちゃいそうだ」

 テーブルに突っ伏していた少年――ホークが愚痴をこぼした。
 『烈火と成る者たち』がライトネル村への物資配達という依頼を受けたのが五日前。
 そしてその依頼を終えたのが三日前のことだった。

 物資の配達は道中何事もなく予定よりも早く終わった。
 だがその後、余った時間で観光をしていこうと思ったのが運の尽きだった。
 日程がずれたせいで長雨にぶつかってしまい、『烈火と成る者たち』はライトネル村で思わぬ足止めを食らっていた。

 おかげでここ二日間は宿にこもりきりの生活を強いられていた。
 幼いながら生粋の冒険者であるホークにとって、閉じこもって何もしない時間というのは苦痛だった。

「明日からはこの村で何か仕事を探したほうがいいかもしれないわね。
 女将さん、農作業の手伝いとかないですか?」

 ホークよりも真剣に宿代の心配をしていたのはクラリスだった。
 その真面目な気質からこのたびパーティの財布を預けられることになった彼女。
 物資の配達で得られた報酬をリューンに帰る前に使い切ってしまう、という事態はどうにか避けたいようだった。

「んー、あたしの知る限りではないと思うけど……。
 明日村長のところにでも聞きに言ってみたらどうだい?」

 『烈火と成る者たち』の一行は、村での生活に完全に飽き切っていた。

 観光地と言えば村の近くの湖と古城のみ。
 しかしそれらは村に来た初日に探索し終わっていた。
 料理自慢の女将の出す食事だけが唯一残った楽しみだったが、三日目ともなれば新鮮味も薄い。
 そして今日も何事もなく、ただ明日の天気が晴れることのみを祈るだけで過ぎ去ろうとしていた。

 ――トントン。

 しかしその退屈に、突然のノックの音が終止符を打った。

「誰かきたみたいッスよ!」

 半分寝ていたプリムラが猫のように跳ね起きて音のした方へ目を向ける。
 宿の玄関口が開き、一人の男が宿の中へ入ってきた。

 身なりの良い男だった。
 容姿も整っており、まるでどこかの騎士か貴族のようだった。
 しかし傘はおろか外套も持っていないようで、ブロンドの髪からは水が滴っていた。

「いらっしゃい、泊まりかい?」

 女将が声を掛ける。
 しかし男は息を切らすばかりで返答できない。
 やっとのことで「水を……」とだけ呟いた。
 どうやら雨の中を走ってきたようだった。

「あいよ。ちょっと待ってな」

 女将が男に水を渡す。
 男は震える手で水の注がれたコップを受けとった。
 『烈火と成る者たち』はその様を遠巻きに見る。

 雨に降られたせいか、男はかなり血色が悪い。
 コップに注がれた水もどうにか飲み込んでいると言った様子だ。
 その様は、飲んでいる、というよりはこみあげてくるものを抑え込んでいるかのように見えた。

「……ふぅ」

 時間をかけて、男はようやくコップ一杯の水を飲み切った。

「一息ついたかい?」

「……ええ、ありがとうございました」

 ようやく息も整ったようで、身なりの良いその男は丁寧に礼を言った。

「で、何だってこんな時間にうちにきたんだい?」

 改めて、女将が男に尋ねる。

「ここに、冒険者の方がいらっしゃっていると聞いてきたのですが……」

 『烈火と成る者たち』の面々は顔を見合わせる。

「そいつは多分、俺達のことだぜ。
 なんだ、俺達に依頼でもあんのか?」

 タントが男に尋ねる。

「貴方たちが冒険者の方でしたか。
 ええ、是非急ぎで依頼をお願いしたいのです。

 ――私の、護衛を」

 男は真剣なまなざしで語りだした。

 男の名はジャックというらしい。
 絵描きだというジャック。
 その依頼は「絵を描く間に自分の身を守ってほしい」ということだった。

 ジャックが描きたいというのは『烈火と成る者たち』が探索した湖の古城だった。
 その城――シルバリーア城を描くのに最も適したスポット。
 それがロベット山の山中にあるらしい。

「ロベット山だって?
 でもあんた、あそこは確か……」

「ええ、グリズリーの住処になっています。
 だからこそ、冒険者であるみなさんに護衛をお願いしたいのです」

「なんでわざわざそんなところで絵を描くんですか?
 他の場所からでもあの城は見えるじゃないですか」

 グリズリーと聞いて露骨に嫌そうな顔をするユーフェ。
 冒険者になり以前よりはずっと活動的になった彼女だったが、危険なこと・疲れることを嫌うインドア・シスターにとって獣のいる山に入るというのはかなりのハードルだった。
 そんなユーフェの気持ちも理解しているクラリスは苦笑いしながらその頭を撫でた。

「あの場所でないと……あの場所でないと駄目なのです……。
 危険なのは百も承知ですが、お願いします!

 報酬もちゃんと用意してあります。
 前金で銀貨二〇〇枚、絵が完成すればさらに四〇〇枚をお支払いします。
 受けてもらえませんでしょうか……?」

 ジャックは深々と頭を下げる。

 その様子を見て『烈火と成る者たち』は再び顔を見合わせる。

 グリズリーは油断できない相手だ。
 その巨体に見合う膂力と、牙や爪と言った生来の武装。
 成獣となったグリズリーは一流の戦士に及ぶ。

 決して『烈火と成る者たち』の勝てない相手ではない。
 しかし、相応の準備もせずに挑むには危険な相手であることもまた事実だった。

「――あんたら、受けておやりよ」

「女将さん」

 冒険者たちの逡巡を断ったのは、宿の女将の一言だった。

「あたしには絵描きのことは分からんがね、その兄ちゃんが本気だってことは伝わってくるよ。
 本気の気持ちってのは、応援したくなるってのが人の情さ。
 報酬が足りないってんなら、あんたらの宿代を安くしたって構わないよ」

 女将の提案は『烈火と成る者たち』にとって十分に魅力的だった。

「俺は受けてもいいと思うぜ」

 タントは窓の外を顎で指す。

 雨が止んでいた。

 三日も続いていたはずの雨だったが、まるでタイミングを計ったかのように止んでいた。

「また何日も続く依頼だってんなら話は別だが、今回のはそうじゃねえだろ?
 どのみち予定は大きく遅れてんだ。
 今更多少延びたところで問題はねえよ。
 せいぜい親父のハゲが進むくらいだ」

「いや、親父さんにこれ以上心配かけちゃうのはよくないと思うけど……。

 でもそうね、それ以上に女将さんには世話になったしね。
 この依頼、私たちが受けましょ」

 クラリスの決断に対し異論は挙がらなかった。
 『烈火と成る者たち』は濡れ鼠の絵描きの依頼を受けることとなった。





 依頼人である絵描きのジャックは、すぐに寝入ってしまった。
 雨の中、急いで宿まで来たことによる疲労に加えて、依頼を受けてもらえた安心感もあったのだろう。

 一方で冒険者一行は、日が暮れる前に明日の準備をすることにした。

 この時期は山の動物たちの活動期だ。
 ユーフェは回復の術を持っているが、逆に言えば彼女が倒れれば『烈火と成る者たち』に回復の手段はない。
 万が一のために傷薬を買っておきたい、というのがホークの意見だった。

 加えて、山へ入るなら情報収集も必要である。
 『ライトネル村』と同じく山間の村の出身であるクラリスは、不慣れな山に入ることの危険を熟知していた。
 どんな動物がいるか、地形はどうか、猛獣たちの住処や餌場、行動範囲、活動時間など。
 その地域に住む人々にしか知らない情報が、旅人の命を左右することは珍しくない。

 話を聞いた女将さんから勧められたのは、村に唯一ある雑貨屋だった。

 雑貨屋の娘はタント達の顔見知りだった。
 というのも、彼らが最初に受けた物品配達の配達先こそが件の雑貨屋だったからだ。
 事情を話した冒険者一行に、雑貨屋の娘は気前よく傷薬と葡萄酒を渡した。
 曰く、「依頼のお礼と応援の気持ち」だそうだ。

 「この村の人たちはみんな優しいのね」と言ったクラリスの言葉に、雑貨屋の娘は満面の笑みで返した。

 そして翌朝。

 連日の雨が嘘だったかのように空は快晴。
 木々の間から漏れた日差しが、クラリスのオレンジ色の髪に反射して弾けていた。
 地面は多少ぬかるんではいたが、山登りに支障はなさそうだった。

 シルバは山頂を見上げる。

 麓から見たロベット山は鬱蒼とした木々に覆われていた。
 鳥の声は高く響き、どこからか獣の気配が流れる。
 山は人間を拒むかのようにむっつりと佇んでいた。

「――それでは、みなさん。
 よろしくお願いします」

 画材を背負ったジャックが、また深々と頭を下げる。
 目指すはロベット山中腹にあるジャックの言う「絵描きスポット」である。

「随分重そうな荷物ですね」

 ユーフェがジャックを見る。
 昨日の晩ほど顔色は悪くなさそうな依頼人。
 しかしその細身の体に対して、大きな荷物はかなりの負担に見えた。

「手伝ってやろうか?
 あんた、見たところ体力あるタイプじゃねえだろ。
 目的地までは結構歩くみたいだぜ?」

「お気持ちだけもらっておきましょう。
 これは私の商売道具、いわば体の一部のようなものです。
 それに冒険者さんたちに頼んだのは荷物持ちではなく私の護衛ですからね」

 タントの歯に衣着せぬ物言いにも、ジャックは柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「それならば、こちらはこちらの仕事に集中させてもらおう」

 シルバが隊列の先頭へ移動した。
 ジャックを中心にシルバ、タント、ホークが三角形を形作る。
 どの方向から襲撃されても対応できる、護衛陣形の基本形だ。

 一行は一塊になって山道を登っていく。
 木々は鬱蒼とし道は広くはなかったが、傾斜はなだらかだった。
 早朝の、それも山の上ということもあり気温もそれほど高くない。
 冒険の出だしとしては順調だった。

 グリズリーが出るという話から、登り始めこそ緊張していた一行。
 しかし件のロベット山は予想よりもずっと穏やかだった。

「出ないッスねー、グリズリー。
 てっきり山に入った瞬間、斬った・張った・のこったの怒涛の展開になるかと思ってたッスけど」

 妙な言い回しの感想を述べながら、プリムラが肩をぐるりと回す。
 山に入った直後は辺りを警戒していっぱい弓を握りしめていた彼女だったが、切り替えの早さは『烈火と成る者たち』の中でも随一だった。

「何を言ってるんですかプリムラさん。
 グリズリーに限らず、野生動物というのは基本的には臆病なものです。
 むしろ人が近づいて来たら向こうから避けるくらいですよ」

「へー、意外ッスね!
 じゃあじゃあ、このままおしゃべりしながら歩いてれば襲われないってことッスか?」

 大きな声を出すプリムラを見てホークは思わず苦笑いした。

「残念だけど、そんなに単純には行かないよ。
 野生っていうのは、型にはまらないからこそ野生なんだ。
 あんまり驚かせちゃうと、逆にパニックになって襲い掛かってくるかもよ?」

 ホークが担いだ槍で肩を叩きながらプリムラの甘さを両断する。
 それを聞いたプリムラはぶるりと震えて弓を握りなおした。

「ふふっ」

 プリムラの様子を見て、ジャックが笑みをこぼす。

「すみませんジャックさん。どうにも緊張感がなくて……。
 でもああ見えて、プリムラちゃんは弓の名人なんですよ」

 不安にさせたのではないかと思いクラリスはジャックに謝罪した。

「ああ、こちらこそすみません。
 人の話を傍で聞いていて笑ってしまうなんて、礼を欠いた行為でしたね。

 ですがみなさん、楽しそうだなぁと思って」

「楽しそう、ですか?」

 クラリスは首をかしげる。
 彼女からしてみれば、プリムラがホークやユーフェにたしなめられるのはいつもの光景だったからだ。

「ええ、とても。

 私には同年代の友人がいませんでしたから。
 仲間と一緒に冒険をして、自分たちの力で生きていくという冒険者の生き方には少しだけ憧れがあったんです。

 ……ああ、もちろんそんなに甘い世界ではないということは重々承知しています。
 私のような絵を描くしかできない人間ができるはずもないですよね」

「――んなことねえよ。
 やってみりゃいいじゃねえか、冒険者」

 話を聞いていたタントが横から口を挟む。

「憧れ、なんて言葉は諦めと同義だろ。
 そもそも人間ってのはみんな、自分の力で生きているもんだ。
 冒険者に限らずな。
 だとすれば、俺たちできてあんたにできねえ道理はねえだろ。

 それに、あんた絵描きなんだろ?
 見たことないもんを見に行ける冒険者は、案外絵描きとの相性はいいかもしれねえぜ?」

 本気か冗談か判別できないタントの言葉に、ジャックは目を丸くした。

「……ふっ……ははは!
 私が冒険者ですか?それも、いいかもしれませんね!

 では、もし私がその気になったら、先輩としてタントさんがご指導していただけますか?」

「ハンッ、そいつはお断りだ。
 俺はな、俺を助けてくれるやつしか助けねえ主義なんだ。
 俺を頼りたけりゃ、俺に頼られるくらいの男になるんだな。

 そうだな……、まずはその細っちい体をなんとかしたらいいんじゃねえか?」

「こら、タントくん。
 依頼人の人にそんな失礼な言い方は……」

「ふふっ、大丈夫ですよクラリスさん。
 タントさんの言うことはごもっともです。

 自らの命を簡単に他人に預けない。
 そして、他人の命を預かるときは自らを賭して戦う。

 タントさん、貴方はきっと誠実な人なんですね。
 それでこそ安心して、この身を任せられるというものです」

 皮肉を言ったつもりだったのに、褒め言葉で返された。
 それがなんだか気恥ずかしくて、タントは閉口した。

 「一本取られたね」と笑うクラリス。
 その顔を見るのが悔しくて、タントは肩を竦めて降参を示すように両手を空へ向けた。

 一行はそれからもゆっくりと、しかし着実に足を進めていった。
 グリズリーは現れることなく、途中でジャックが拾いものをした以外には何事もなかった。

 日が上り、徐々に日差しが強くなる。
 ぬかるんでいた地面はもうすっかり乾いていた。
 なだらかな勾配は相変わらずだったが、木々の鬱蒼具合はより濃さを増していた。

 時刻はおおよそ午前十一時。
 麓から歩き初めて二時間ほどが経過していた。

「ふぅ……っ、ふぅ……っ」

「大丈夫ですか、ジャックさん?
 やっぱり誰かに荷物を手伝わせた方がいいんじゃ……?」

「いえ、お気遣いありがとうございますクラリスさん。
 ですが問題ありませんよ。
 これでもむしろ、最近は体調がいい方で……。

 あっ!!」

 ジャックが大きな声を上げた。

 突如様子が変わった依頼人。
 一行は何事かあったのかと注目する。

「あ、あそこです!
 ちょうどあの山毛欅の木を曲がった小道から……!」

「あ、ねえ、ちょっと待って……!」

 駆け出したジャック。
 ホークの静止を振り切り、先頭のシルバを追い抜き、山道を脇道へ逸れてぐんぐん走っていく。

「……とてもさっきまでヘトヘトだった人とは思えないですね」

「あー……、あの勢いじゃ早く追いかけねえとはぐれちまうな。
 ほら、ぼさっとしてねえでさっさと走れよユーフェ」

「タントもだよ!見てないで走ってよ!」 

 のんびりとジャックの背中を眺めながら歩くタントとユーフェ。
 その様子に一喝入れてやりたいホークだったが、今はそれどころじゃなかった。

 果たして、慌てん坊の絵描きの背中にはすぐに追いついた。

 小道に入ってしばらくしたところに開けた空間が存在していた。
 ジャックはそこで、遠くへ視線を向け佇んでいた。

「あっ……」

 最後尾をしぶしぶ歩いてきたユーフェが、その光景を見て思わず声を上げる。

「綺麗……すごく、綺麗」

 そこからは「シルバリーア城」が一望できた。
 まるで湖の上に浮かんでいるかのような古城。
 それは幻想的な美しさと、その城が持つ実存的な歴史の重みが織りなす一個の世界。

 すでに見ていた件の城であったが、確かにその場所からみた風景は格別だった。

「ユーフェさんもそう思われるでしょう?」

「あっ、いや、私は……」

 ジャックがユーフェに微笑みかける。
 無意識のつぶやきを聞かれていたことにユーフェはわずかな恥ずかしさを覚えた。

「私も同じですよ、ユーフェさん。初めて見たときは……いや、何度見てもこの光景に心奪われる。
 ここから見るあの城は、なんていうか、特別なんです」

 ジャックは子供のように目を輝かせる。
 そして何かに突き動かされるようにてきぱきと絵の道具を広げ始めた。
 それは最初に『雪上の轍亭』で会ったときとは別人のようだった。

 夢中になっている依頼人に声をかけるのははばかられた。
 しかしジャックが絵を描いている間、一行はどうしていればいいのかを決めていなかった。

「なあ、ジャック……」

 しびれを切らしたタントは黙々と準備を進めるジャックの背中に声をかけた。

「はい、何でしょう。
 今ちょっと手が離せない状態なのでそのままでお願いできますか?」

 タントに一瞥もくれることなく返事をするジャック。
 その変貌ぶりに、タントは一瞬たじろいだ。
 芸術家という職業は、やはりどこか異質なのかもしれなかった。

「……あんたが絵を描いてる間なんだが。
 特に決めてなかったんだが、俺たちは何をしてりゃいい?」

「そう、ですね……。
 あまり遠くに行かなければ、何をしていてもかまいませんよ。
 適当に暇をつぶしていてください」

「適当に、ですか……」

 クラリスは辺りを見回す。
 当然山奥のその場所に暇をつぶせる様なものなどなかった。





 遠くの山へ、日が落ち行く。
 結局、快晴は一日続き、夕日は辺りを満遍なく朱に染め上げていた。

 ジャックが絵を描いている間、グリズリーや他の野生動物が襲い掛かってくることはなかった。
 そのおかげで『烈火と成る者たち』は余計に暇を持て余すこととなったのだが。

「……よし!」 

 依頼人がようやく筆を手放した。

「出来たッスか?見たいッス!」

 プリムラがキャンバスをのぞき込む。
 見れば真っ白だったキャンバスには、まだ概形だけではあるものの湖に囲まれる古城が雄大に描かれていた。

「まだザックリとした部分だけですけどね。
 ですがここでの作業はこれで終わりです。
 後は持ち帰って、細かい部分を調整していくだけです。

 みなさん、今日はありがとうございました」

「何事もなく終わってよかったね。
 ま、まだ帰りの行程が残ってるけどさ」

「そうですね、帰りもよろしくお願いしま――」

 ジャックが礼を述べながら後片付けを始めようとしたその時。

「キャぁぁあああアアアアアア!!」

「っ!!?」

 遠くから甲高い叫び声が響いた。
 恐らくは子供か女性、それもかなり切迫した状態だろう。

「何ッスか、今の声!?
 なんだかやばそうな感じッスけど……」

「向こうからですッ!
 何かあったに違いありません、助けにいかないと……!」

「そう簡単には終わらねえってか……!!
 しょうがねえ、依頼にゃ含まれてねえが人助けだ。

 ホーク!俺と先行して様子を見に行くぞ!
 他の連中はジャックを守りながらついてこい!」

「あ、うん!行こう!」

 いち早くタントとホークが駆け出し、その後ろからジャックを囲むようにして他のメンバーがついていく。
 木々の間を縫うようにして駆け抜け、草叢を踏み越える。

 叫び声の発生源は、一人の少女だった。
 少女は必死の形相で走っていた。
 顔面は蒼白、玉のような汗を掻き息を弾ませて走る少女。
 先頭を走っていたホークはすぐにその原因を見つけ出した。

「――グリズリー……!
 やっぱりこの山に住んでいたか――」

 少女の後ろに灰色の巨体。
 それは一匹の羆――グリズリーだった。
 グリズリーはその体を撓らせながら少女を追う。
 それは縄張りを荒らされたことに対する報復か、餌を求める欲望か。
 普段の大人しい、森の守護者としての姿はそこにはなかった。

 それはまさしく、猛獣だった。

 当然ながら、獣は人よりも迅い。
 相手が獲物であり、少女であるならばなおさらだ。
 灰色の毛皮のその巨体は、今にも少女に襲い掛かりそうだった。

「――ッ……おりゃあああ!!!」

 クラリスが道端の石をグリズリー目がけて投げ放つ。
 それは的を過てることなく、襲撃者の鼻先へクリーン・ヒットした。

 石を投げられたグリズリーは一瞬怯んだ。
 だが小石一つでその巨体が倒されるわけもない。
 グリズリーは首をブルリと震わせ、クラリスの方を睨めつける。
 そして方向転換してクラリスの方へ突進してきた。

「やばっ……!失敗だった――!?」

「――いや、今ので正解だッ!!」

 クラリスの方へ気を取られていたグリズリーの横っ面へ、タントが強烈な前蹴りを食らわせる。
 気を向けていな方向からの攻撃に、今度こそグリスリーはその巨体を地面に転がせる。

「――っと、そこの君、大丈夫?」

 その隙にホークが襲われていた少女を抱きかかえグリズリーの下から脱却する。

「ぅ……うぅ……」

 少女は恐怖と疲労で体を強張らせていたが、見たところ怪我はなかった。

「みなさん、奴が来ます!」

 少女の救出に胸を撫で下ろしたのもつかの間、ジャックがグリズリーを指さす。

 タントの蹴りを食らって倒れていたグリズリーだったが、その体をゆっくりともたげて『烈火と成る者たち』を睥睨する。
 二度の不意打ちに誇りを傷つけられた山の王。
 その口がおもむろに開かれ――

「グォオオオオオオオオオオオオ!!」

 憤怒の咆哮が打ち上げられた。

「なんかすごいお怒りのようッスよ!
 ていうか心なしか膨らんでるッス?」

「野生動物は相手を威嚇するときに毛を立たせて体を大きく見せる習性が……。
 ってそんなことはどうでもいいです!
 どうするつもりなんですか!」

「……足の勝負になったら勝てないわ!ここで戦うしかない!
 その子は私に任せて!
 ユーフェちゃんはジャックさんを安全な所へ!
 プリムラちゃんは回り込んで弓で支援して!」

 クラリスは右手に魔術の発動媒体たる手袋を嵌めた。
 そして左手で少女を庇いながら、ジャックとユーフェを守るように立つ。

「――で、俺らは真っ向から相手すりゃいいわけだな!
 シルバ、ホーク!三人で撹乱しながら攻撃だ!」

 タントは剣を抜き放ち、切っ先を巨獣へと向ける。
 そしてホークとシルバに顎で指示を出す。
 グリズリーを取り囲み標的を絞らせない作戦だ。

「了解だ。
 爪や牙より、あの巨体での突進の方が危険だ。
 絶対真正面に立つんじゃないぞ」

「こっちも了解!
 じゃあ――、行くよッ!!」

 タントの指示を受けホークとシルバはそれぞれの得物を構えながら素早く移動した。

 ジャックは驚いていた。
 『烈火と成る者たち』はまだ駆け出しの冒険者たちで、結成したてのパーティと聞いていたからだ。

 実際、昼間の様子を見ている限りは仲の良い友人グループのように見えていた。
 ジャックはむしろそこに親しみやすさすら感じていた。
 しかし今のやりとりはまるで熟練の傭兵団のようだった。

 ――鳥肌が立つ。
 この自分と年の近い若者たちが、まるで小説の中のヒーローのように見えた。

「ゴォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 グリズリーは咆哮を上げながら突進を繰り出す。
 標的は一番体の小さいホークだ。
 あの相手ならば一撃で仕留められる、グリズリーの野生がそう判断を下したのだ。

 しかしその判断は誤りだ。
 獣が狙った少年は最も身軽な戦士だ。
 ホークはグリズリーの突進をすれすれで避け、その前足に槍を絡ませグリズリーを転倒させる。
 グリズリーは転んだ体勢のままホークへ向けて逆の腕の爪を振るうが、すでにホークは距離を置いていた。

「グッ!!?」

 追撃のために体を起こしたグリズリーの背中へ、今度はタントが剣を叩きつける。

 毛深いグリズリー相手では剣の刃筋が立たず斬りつけることができない。
 そこでタントは剣の重みを十分に生かすように、「斬る」のではなく「叩く」ように使った。

 結果としてそれは有効だった。
 背中を強打されたグリズリーは息が詰まり呼吸ができなくなっていた。

「……フッ!」

 動きを止めたグリズリーは銀の弾丸のいい的だった。
 銀の弾丸――シルバは腰から引き抜いた短剣でグリズリーの左眼を穿つ。

「ギャオォオオオオオゥ!!?」

 怒りの咆哮が絶叫へと変わる。
 視界を半分奪われたグリズリーは敵の姿を見失う。

 傷の痛みに加え、視界が無いという恐怖。
 並みの野生動物相手ならばすでに決着がついていただろう。

 だが痛みも恐怖も、山の主たるグリズリーの心を折るには届かない。

 グリズリーはいつだって狩る者だ。
 一方的な蹂躙者で、彼を獲物とする動物は山の中には存在しない。
 食物連鎖の頂点、その矜持がグリズリーの体を動かす。
 敵を見失い混乱したまま、グリズリーは四肢をめったやたらに振り回した。

「……っと、危ない!
 これじゃあ近寄れないよ!」

 遠間から突きを繰り出そうとしたホークがグリズリーから離れる。
 その服には爪の跡。
 グリズリーの攻撃が前衛の戦士たちの体を掠める。

「――じゃあ、近寄らなければいいッスよね?」

 プリムラの声。
 それはタントたちの真上から聞こえていた。

 ――ヒュガガガッ!!

 続けざまに三矢、グリズリーへ矢の雨が突き刺さる。

「プリムラちゃん!?」

 矢の出所をクラリスが目で追う。
 プリムラがいたのは木の上だった。
 枝に足を絡ませ、器用に射撃の構えをとっていた。

「へへっ、作戦成功ッス!」

 真上から真下に向かって放たれた矢は、重力により加速がつき威力を増している。
 そんな強力な矢が三本、脳天・喉元・胸部という生物に共通の急所へ突き刺さっていた。

「グフゥ……ゴッ……ッ」

 いかに巨体を誇るグリズリーであろうと、ひとたまりもなかった。
 グリズリーは断末魔の声を上げることもなく倒れ伏してその眼光を失った。

「なんて人たちだ……。
 グリズリー相手に一歩も引かないなんて」

 ジャックが感動の声を上げる。
 初めて見た戦闘に興奮気味のようだった。

「さっきの子供、様子はどうだ?」

 短剣をベルトに納めながらシルバが助けた少女を見る。
 襲われていたときは体を震わせていた少女だったが落ち着いてきたようだった。

「た、助けていただき、ありがとう、ございました……」

 たどたどしくも丁寧に少女は『烈火と成る者たち』に頭を下げた。

 話を聞けば少女はライオネル村の娘だった。
 なんでも山で落としたブローチを探していたらしい。
 母親の形見であるそれがどうしても見つからず、夢中になって探して気づいたらグリズリーの巣穴に近づいてしまったということだった。

「でも、もうこんなことしちゃダメよ?
 グリズリーが出る山に子供が一人で入るなんて」

「ご、ごめんなさい……!」

 再び少女が頭を下げる。

「クラリスさんの言う通りです」

 ジャックはしゃがみ込み、少女と顔の高さを合わせた。
 そしてそっとその肩に手を置き、目を合わせながら話しかける。

「命は、たった一つです。
 いくら大事なものを失くしたからといって、天秤に乗せていいものではありません。
 亡くなったお母様も、貴女が無茶をしたと知ったらきっと悲しみます」

 そういいながらポケットから何かを取り出すジャック。
 少女の前で開いたその掌に乗っていたのはジャックが山登りの途中で見つけたブローチだった。

「それは……!」

「やっぱり、落とし物とはこれのことでしたか。
 ここへ来る途中に見つけたんです。

 はい、どうぞ。
 もう落としてはいけませんよ?」

「はい……!」

 ジャックの真摯な語りかけに、少女は力強く頷いた。

「――よしっ。
 依頼も達成したし人助けもしたし、そろそろ村へ帰る?」

「ええ、そうですね。
 日が暮れる前に村に――」

 その時、クラリスの頬にポツリと何かが触れた。

「あ――、雨……」

 すぐに雨は勢いを増していき、あっという間に辺りは雨音で包まれた。

「ったく、ようやく止んだと思ったのにまた雨かよ?」

「山の雨は変わりやすいというからな。
 早く山を下り……――ジャック?」

 依頼人の異変に真っ先に気づいたのはシルバだった。

「あ、ああ……!」

 見ればジャックは真っ青な顔をしていた。
 視線の先にあったのは雨で濡れた地面。

「え、絵が……!!
 絵を置いてきたままです!
 取りに行かなくては……!!」

 そう言い残し、ジャックは絵の場所へと走り出した。

「ちょ、ちょっと待って!ジャック!
 まだ近くに危ない動物がいるかもしれないから――って。

 ……もうっ、あの人絵のことになると本当に周りが見えなくなるね!
 シルバ、その子お願い!先に行って村まで送り届けて!」

 ホークがすぐにジャックの後を追う。
 シルバと少女を残し、他のメンバーもその後を追いかける。

 ジャックはすぐに見つかった。
 弾かれたように走り出した彼だったが、ホークが追いついたときには木によりかかって息を切らしていた。

「ハァ……ッ、ハァ……ッハァ……ウッ、ゲホッ!ゲホッ!」

「大丈夫ですか、ジャックさん。
 なんだか苦しそう……」

 クラリスがジャックの背中をさする。

「大丈夫……ちょっと、病気を、ゲフッ……!
 病気を患ってて……。
 それが再発したようで……すぐに治まッ……!」

 ジャックの様子は大丈夫そうには見えなかった。
 顔は蒼白で、息切れも激しい。
 そもそもあれほど絵に執着していた彼が、絵を雨ざらしにしたまま足を止めているという時点で事態の深刻さが感じられた。

「ガハッ!!」

「ジャックさん!!?」

 大きくせき込むジャック。
 口を抑えていた手は真紅に染まっていた。

 ――喀血していた。

「ゲフッ、ゲフゲフッ……!!」 

「血、血ィ!!?
 や、やばいッスよこのままじゃ!
 ユーフェさんどうにか治せないッス!?」

「……聖北の術が有効なのは怪我や外部から入ってきた毒に対してのみです。
 元からある病気を治すなんて、それこそ聖人クラスの奇跡使いじゃなければ……」

「とにかくここはまずい。
 雨のせいで体が冷え切ってやがる。
 早く村へ連れて行くぜ」

 タントがジャックの体を背負う。
 すでにジャックは気を失っていた。

「――ど、どうしたんだい!
 そのぐったりしているのは……ジャックかい!?」

 ジャックを抱えた一行は山を登ったときの倍の速度で山を下って行った。
 そしてすぐさま『雪上の轍亭』へ駆け込んだ。
 ジャックの姿を見た女将は驚きの声を上げた。

「話は後だ!寝床を用意してくれ!
 あとは毛布と……体を温めるもんだ!!」

 女将はすぐにただ事じゃないことを理解した。
 宿の部屋にジャックを寝かしありったけの毛布とお湯で体を温めた。
 『烈火と成る者たち』もできる限りそれを手伝った。

 そして、一晩が明けた。

「……ジャックの様子はどうだ?」

 部屋にやってきたシルバがユーフェに尋ねた。
 『烈火と成る者たち』は交代で一晩中ジャックの看病をしていたのだった。

「芳しくないですね……。何しろ原因が不明です。
 熱による意識の混濁、呼吸困難と喀血、いずれも重症です」

 ジャックは丸一日たっても目を覚まさなかった。
 時折魘されるように荒い息を吐くだけだった。

 ユーフェがジャックの口元を布で拭う。
 その布には唾液交じりの鮮血が混ざっていた。
 余りの痛々しさにシルバはそっと目を逸らす。

 と、宿の中がにわかに騒がしくなった。

「……誰か来たようだ」

 シルバが部屋の外へ意識を向ける。
 どうやら騒ぎの中心はジャックの寝ている部屋へ近づいてきているようだった。

 そしてノックもなく扉が乱暴に開け放たれる。
 現れたのは一人の男だった。

「こ、これは……!」

 男は眠るジャックの顔を見て、ジャックに負けないほどに顔を青ざめさせた。

「何者だ、お前は。ここは見てのとおり病人の部屋だ。退室願おうか」

 シルバが侵入者を睨めつける。
 その眼光の鋭さに男は一瞬怯んだ。

「あの、貴方たちこそ何者ですか……?
 私は坊ちゃん――ジャック・サーシウス様を迎えに来たサーシウス家に仕えるものです」

 男はジャックの関係者だった。
 ジーゲイルと名乗った男はジャックの実家であるサーシウス家の執事だった。
 サーシウス家はかなりの資産家でジャックはその当主の息子だという話だった。

(身なりがいいとは思っていたが、まさか本当にお坊ちゃまだったとはな)

 ジーゲイルの話によればジャックはもう長い間病に侵されていたらしい。
 思えば初めて会った時から体調が悪そうにしていたことをシルバは思い出した。

 シルバはすぐに『烈火と成る者たち』に召集をかけた。
 そしてジーゲイル、『烈火と成る者たち』、女将の間で話し合いが行われた。

 村には医者がいたがジーゲイルの話ではジャックの病はかなりの奇病で、専門家でなければ処置も難しいということだった。
 下手に動かすのは危険、されどただ寝かせていてもいたずらに時間を浪費するだけだ。

 最終的にジャックをお抱えの医師がいるというサーシウス家へ運ぶことになった。

「すぐに移送の準備を始めましょ」

 クラリスの指揮の下、ジャックをサーシウス家へ移送する準備が進められた。

 ぐったりとしたジャックを馬車の荷台へ寝かせる。
 毛布を何枚も重ね、少しでも体に負担がかからないようにした。

「それではみなさん、ジャック様がお世話になりました。
 このお礼は後日必ず……」

「まずはジャックさんの体調ッス。

 ――あ、これ。ジャックさんの絵ッス。
 雨ざらしだったからぐちゃぐちゃッスけど、ジャックさんすごく絵が好きだったから……」

「何から何まで、ありがとうございます。
 では……」

 ジャックを乗せた馬車が出発しようとする。

「――待って!!」

 そこに待ったがかかった。
 現れたのはグリズリーに襲われていた少女だった。

「これ、ジャックのお兄ちゃんに……。
 ブローチを見つけてくれたお礼」

 少女がジーゲイルに小さな何かを手渡した。
 それは紐が編み込まれて作られた小さなお守りだった。

「病気を治す、お守り。お母さんが作ってくれたの。
 ジャックのお兄ちゃんがお母さんのブローチを見つけてくれたから、きっとお母さんがジャックのお兄ちゃんのことを守ってくれると思うの」

「確かに。
 ジャック様がお目覚めになられたらお渡しします」

 改めて、馬車が出発する。

 『烈火と成る者たち』と少女の七人は馬車が見えなくなるまでその場で見送った。





 ジャックを送り出した一行はそのままライトネル村を旅立つことにした。
 予定よりも長い逗留だったが後ろ髪を引かれるような思いの旅立ちだった。

 リューンまでの道中は順調に進んだ。
 そして二日後、『紳士の祝杯亭』。

「ようやく帰ってきたなお前たち。
 随分長かったな」

 『紳士の祝杯亭』では親父が一行を迎え入れた。
 予定の遅れが天候によるものだと親父も予想してはいたが、それでも実際に顔を見るまでは安心できなかったのだろう。
 カウンターの奥には厳ついながらも安堵の表情を浮かべた顔があった。

「ええ、まあ、いろいろありまして。
 荷物を片付けたらお話ししますよ。
 ……おなかが減ったので、できれば何か食べるものがあると嬉しいです」

「賛成ッスー。
 わたしもおなかペコペコッスー……」

 『烈火と成る者たち』は久しぶりの親父の料理を食べることになった。
 宿に着いた時間が遅かったためか、一行を除いては他に食事をしている者の姿はなかった。

 食事をしながら、ホークが荷物運びの依頼から始まった紆余曲折を親父に話して聞かせた。
 ライトネル村についてや、ある絵描きとの出会いについて。
 親父は黙って話を聞いていた。

「ねえ親父さん、ジャックはさ、自分の病気のことを知ってたのに僕たちに依頼をしてきたみたいなんだ。
 もし僕らが病気のことを知ってて、ジャックが山に入るのを止めていたら……。
 今でもジャックは元気にしてたかなぁ?」

 ホークが親父に問いかける。

 それは他のメンバーも少なからず思っていたことだった。
 自分たちが依頼を受けてしまったことが、彼の体調の悪化につながったのではないだろうか。

 黙って話を聞いていた親父がゆっくりと口を開いた。

「そんなことはワシには分からん。
 ワシはそのジャックとかいう絵描きに会ったことはないからな。

 だがそのことに対してお前たちが責任を感じる必要はないぞ?
 どんなに優秀な冒険者だって、すべてのことを予想できるわけではないしな」

 親父は水瓶から水を汲み上げ、水差しへと注いだ。

「……命を懸けてまで果たそうとしたことに水を差すのは、半端な覚悟で許されることではない。
 お前たちが……冒険者ができるのは、依頼人の手助けまでだ。
 道を選ぶのはあくまでも依頼人自身なのだからな」

 親父の言葉は重々しく、それでいて『烈火と成る者たち』の心にすっと入っていった。
 それはきっと多くの冒険者を見てきた親父の言葉だったからだろう。

「そうかな……そう、だね」

「ま、今はジャックの無事を祈ろぜ。
 あいつのことだ、絵が未完成なまま逝っちまうなんてことはねえよ」

 それはそうかもしれない、とジャックを知る面々はタントの言葉に納得したのだった。





 『烈火と成る者たち』の帰還からさらに数日後、『紳士の祝杯亭』に一通の手紙が届くことになる。
 そこにはある絵描きのその後について書かれていた。
 タントたちの目にそれが触れるのは、もう少し先の話だった。





【あとがき】
 周摩さんの作品「感情の芸術家」をお借りしました。
 リプレイで有名な周摩さんの作品だけあって、読みやすいテキストとテンポの良い展開が印象的なシナリオでした。
 メタ的な話だと、傷薬と葡萄酒をタダでもらえるので序盤のプレイにはもってこいという←

 マルチエンディングなのですが、ジャックがあのあとどうなったのかはぜひシナリオをプレイして確認してみてください。
 ……と、言ってみましたが現在は公開されてらっしゃらないようで。
 それにもかかわらずGOサインを出してくださった周摩さんありがとうございました。

今回の入手品→
報酬600sp+150sp
アイテム【傷薬】
アイテム【葡萄酒】

 ・・・・・・・・・銀貨袋の中身 【1850sp】

LEVEL UP!!
 タント・クラリス・ホーク・ユーフェ・シルバ・プリムラ→2

著作権情報…
 「感情の芸術家」→周摩様「感情の芸術家」より。著作権は周摩様にあります。
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