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ゴブリンの洞窟

「――みんな、準備は良い?」

 若き女魔術師、クラリス・クレインはその場の一同へ確認した。
 午前七時の【紳士の祝杯亭】。
 まだ早朝の平穏を残した店内のある一角に緊張が走っていた。

 そこにいたのは一つのテーブルを囲む六人の若者たち。
 それぞれが神妙な顔つきをしていた。

「わっわわわ、わたしなんか緊張してきたッスー!
 ホークさんホークさん!ホークさんはこういうの慣れてるから平気ッスか?」

 黒髪の少女が落ち着きなく叫ぶ。
 少女――プリムラは不安を口にしてはいたが、その実かなり楽しげだ。

「僕もちょっとは緊張してるよ。
 シルバはいつも通りって感じ?」

 ホークと呼ばれた少年は、自分よりも幾分年上のはずのプリムラのそのはしゃぎ様に苦笑しつつ、彼女の意見に同意した。
 歳は十四歳と、六人の中では下から二番目の若さ(推定)だったが、冒険者としての経験が一番多いのがホークだ。

「そうでもないさ。
 いつも通りなのはタントの方だろう?
 今日も朝から剣の稽古をしていたようだが」

 ホークに話を振られたのは銀髪の男。
 シルバという名の彼は、この六人の中では年長者である。
 年相応、もしくはそれ以上に多彩な人生経験を持つ彼は、気持ちの落ち着け方を熟知していた。

「あー?日課だからな、やらねえ方が調子狂っちまうんだって。
 ま、今からアタフタしてちゃ冒険者は務まらねえだろ、なあチビ助?」

 そのシルバをして「いつも通り」と呼ばしめた男。
 タント・アッカルドはまさしくいつも通り、自然体だった。

「……」

「おーい、チビ助?」

「……なんですかタントさん、私に話を振らないでください」

 いつもならばチビ助と呼ばれることに反発するユーフェ。
 しかし今は心ここに在らず、といった様子だった。
 ユーフェはこの中では最年少だ。
 十二歳という年齢にしては大人びた性格の彼女だったが、今日は一段と大人しかった。

「ユーフェさんも緊張してるッスかー?」

「別に緊張なんかしてないです。
 ただちょっと、先行きが不安なだけで」

「んんー?それってつまり、緊張してるっていうんじゃないッスかー?」

「む。上げ足を取らないでくださいプリムラさん」

「はいはいストップ、ストーップ!
 プリムラちゃんもユーフェちゃんも無駄話しないの。

 ……じゃあムスメさん、例の物を」

 クラリスが店内の掃除をしていたムスメに声を掛ける。

「了解です、クラリスさん!」

 びしっとクラリスに敬礼をする、【紳士の祝杯亭】の看板娘こと通称ムスメさん。
 ムスメは一瞬店の奥に引っ込むと、両腕一杯に「それ」を抱えて持ってきた。
 そしておもむろに、テーブルに「それ」を置いた。

 それは――「依頼書の束」だった。

「それじゃあこれから、私たち新人冒険者パーティの【最初の依頼】を決めようと思います!」

 ぱんっ、とクラリスが柏手を一つ叩いて宣言した。





 タントたちがパーティを組んで早二週間が経過していた。

 最初の一週間はホークや親父に冒険者としての基礎知識を教えられるだけで過ぎていった。

 冒険者の仕事、依頼の受け方、さらには宿で生活していくための決まりごとなど。
 【紳士の祝杯亭】における新人冒険者の教育は、手厚くも厳しいものであった。

 次の一週間は先輩冒険者の手伝いや、簡単なお使いをこなして過ぎていった。

 冒険者の仕事の一端に初めて触れた一行。
 この頃にはパーティとしての訓練も始まり、最初の一週間以上に慌ただしく過ぎていった。 

 そして、昨晩のこと。
 夕食を食べ終えた六人に、親父がこう切り出した。

『そろそろお前たちも、パーティとしてちゃんとした依頼を受ける頃か』

 初依頼。
 それは冒険者にとって最初の大きな関門だ。

 多くの冒険者志望の若者たちは、最初の依頼でふるいにかけられる。
 ある者は失敗して現実に打ちひしがれ、ある者はそこで冒険者に対してみていた夢から覚める。
 冒険者をやめるタイミングとして最も多いのが最初の依頼の直後だとも言われていた。

 親父の言葉を受けて、六人はまだ他のパーティに依頼が取られていない早朝に集まって最初に相応しい依頼の吟味をすることにしたのだった。

「あれ、ムスメさん。その親父さんはどこいったのさ?」

 朝から姿を見てない親父について、ホークが尋ねた。

「お父さんなら、奥で朝食の仕込みをしてるよ。
 大丈夫、依頼のことは大体聞いてきたから私に任せて!」

 腰に手を当て、胸を張るムスメ。
 ホークはムスメが敬語を使わない数少ない相手だった。
 この宿で生まれ育ったホークは、ムスメにとって弟のようなものだった。

「ふぅん、珍しい。新人の依頼なんて、親父さんが一番口出ししそうなのに」

「それだけホーク君が信用されてるってことだよ。
 がんばりなよ、先輩さん?」

 ムスメは優しい笑みを浮かべながらホークの頭を撫でる。
 眉を顰めるホークだったが、振り払うようなことはしなかった。

「それにしても、いろいろな依頼があるもんッスねー。
 お使いみたいのも混じってるッスけど。
 毎日これだけの依頼が来るッスか?」

 あまりの依頼の多さにプリムラは目をしばたたかせた。

「うちの宿はそこそこ実績あるからなー。
 全部が今日来た依頼ってわけじゃないけどね。
 何日も放置されてる依頼は大抵厄介事だから注意してね」

 冒険者とはつまりは「何でも屋」である。
 そのため、冒険者の宿に寄せられる依頼の種類は多岐に渡る。
 世の中にあるトラブルの数だけ、冒険者への依頼が存在するといっても過言ではない。

「依頼選びも立派な冒険者のスキルの一つってわけだな」

 重ねられた依頼書を眺めタントが呟く。

「そうそう。
 まあ一朝一夕で身につくものではないからね、とりあえず僕がチェックするからじゃんじゃん持ってきて」

「はい、ホーク先輩。これなんてどうかしら?」

 クラリスは一枚の依頼書をホークへ見せた。

「先輩はやめてよクラリス……。

 どれどれ?
 あー、これはダメかなぁ。
 護衛依頼ってのはいいんだけど、これは期間が長すぎるよ」

「うっ。確かに……。自信あったんだけどなー」

 肩を落とすクラリス。

「じゃあこれなんてどうだ?
 『郊外の森で薬の材料を採取してきてください』。
 一日で終わる依頼みたいだぜ?」

 今度はタントが依頼書を読み上げた。

「タントさん、その依頼は確か人数制限ありませんでしたか?」

 横から覗きこんだユーフェが指摘した。

「あ、本当だ」

「まったく、ちゃんと隅まで読んでから提案してくださいよ」

 目を細めながらタントを非難するユーフェ。
 彼女のタントに対する態度は、他の仲間たちに比べて何故か特別に雑だった。

「そういうユーフェはなんかいい案あるのかよ」

 タントはユーフェの手元を覗き込んだ。

「ありますよ。私が提案するのはこれです」

 ユーフェは得意げに、手に持っていた依頼書をテーブルの真ん中へ広げた。

「『引っ越しの手伝い』の依頼です。
 人数は五、六人。期間も半日程度です。
 報酬も悪くないですし、なにより近場で済むというのがとても惹かれます」

「あー、ユーフェちゃん。それ却下」

 ホークはユーフェの提案をバッサリと却下した。

「何故ですかホークさん。
 遠出しなくていいんですよ、最高じゃないですか」

「それはユーフェちゃんが遠出したくないだけでしょ!
 引越しの手伝いみたいな小遣い稼ぎ程度の依頼じゃ簡単すぎるんだよ。
 親父さんの言う『ちゃんと依頼』って条件には当てはまらないんだよね」

「むぅ……。残念です……」

 クラリスは横目でホークとユーフェのやりとりを見つめながら苦笑した。

「はいはいはいはい!次はあたしッス!この依頼なんてどうッスかね?
 『ミス・リューンコンテスト募集のお知らせ』!賞金いっぱい出るッスよーあたし自信あるッスよー!」

 次に依頼書を出したのはプリムラだった。
 賞金一万spと大きく印字されたその紙。
 しかしそれは、依頼書ではなく広告だった。

「…………しっかし、こう多いと目を通すだけでも一苦労だな。
 何かコツとかねえのかホーク?」

「…………んー、この際報酬のことは置いといて、期間と難しさと、後はみんなの特技とか実力とかを考えればいいんじゃないかな?」

「あれー?無視ッスかー?タントさんもホークさんも、あたしの一万sp提案はガン無視ッスかー?」

 プリムラの本気か冗談か判別しがたい提案をスルーしつつ、ホークはタントの質問に淡々と答えた。

「と、なると……」

 ホークの話を聞いて、シルバがおもむろに一枚の依頼書に手を伸ばした。

「これだな」

 シルバが取り出した一枚の依頼書に他の面々が目を落とす。

「ごー、ごー、ゴブリンの、退治依頼……ッスか?」

 プリムラが首を傾げる。

「ああ。タントとホークは荒事に向いているし、クラリスとユーフェは後方支援が得意だろう?
 プリムラは勘が鋭いし、俺もこの二週間で索敵や探索の真似事程度なら身に着けた。
 ゴブリンは油断さえしなければ手強い敵ではないし、パーティの試運転としては丁度いい程度の難易度だろう。
 どうだ、ホーク?」

「ああー、うん。
 さすがシルバだね、僕もこれがいいと思う」

 パーティの特性を理解しているシルバに対し、思わずホークは舌を巻く。

「ゴブリンですか。文献でしか見たことはないですが、ホークさんのが良いというのであれば私に異論はありません」

「わたしもッス!ゴブ……リン?よくわかんないッスけど!」

「俺もその依頼で構わねえぞ。
 ゴブリンの相手なら何度かしたことがある」

 ユーフェ、プリムラ、タントにも異論はないようだった。

「じゃあ初依頼はこれに決定ね。ムスメさん、詳細を教えてくれる?」

 こうして若き冒険者たちの初仕事が始まった。





『町外れの洞窟にゴブリンと思しき妖魔が住み着いたようです。
 近隣の畑や民家を荒らしたり、旅人を襲って荷物を奪ったりなどの被害が出ています。
 やつらを退治できる冒険者を探しております。
 近隣に住む農民達は共同で金を出し合い六〇〇spを用意しました。
 農作業に支障が出ているため、できるだけ早くお願いします』

 依頼の概要はこうだった。

 ムスメさんから依頼書にある洞窟の場所を聞いた一行は、準備を終えその洞窟へ向かってみることにした。

「あれが件の洞窟だな。
 ……っ、全員止まれ」

 先頭を行くシルバが合図を送った。
 一行は頭を下げて草むらに身を隠した。

「どうしたシルバ……ああ、見張りか」

「そのようね。あれを何とかしないと、洞窟の中には入れなそうだけど……」

 標的のゴブリンが住み着いていると思われる洞窟。
 その入口に影が一つ立ちふさがていた。

 緑色の肌に赤い瞳。
 禿げ上がった頭と、潰れされたかのような特徴的な醜い顔貌。
 あれこそがゴブリン。
 下級妖魔の一種とされる、最もポピュラーな人型の害獣である。

「あれがゴブリンッスかー。
 初めて見たッスけど……あー、あれはどうにもお友達になれそうな感じじゃないッスねぇ」

「当たり前です。中には言語を解する個体もいるそうですが、やつらは基本的に知能が低いです。
 仮に意思疎通ができたとして、そもそもが人間に対して友好的な種族ではありません」

 プリムラの率直な感想に、ユーフェが注釈を加える。
 ゴブリンを見たことがなかったプリムラとユーフェは、見慣れぬ緑の怪物に興味津々といった様子だった。

「説得してどうにかなるような相手なら、そもそも依頼なんて出さねえってわけだ。
 で、ユーフェ。あの見張りはどうすりゃいいんだ?」

「……なんでそこで私に聞くんですかタントさんは」

「いや、やけにゴブリンについて詳しそうだったから」

「文献でしか知らないって言ったでしょう?
 さっきのも、本から得た知識です。

 言っておきますがタントさん、私は暗記は得意ですが考えるのは苦手です」

「自慢げに言ってるけど、それまったく自慢になってないよユーフェちゃん……」

 眼鏡の位置を直しながら胸を張るユーフェに、タントは呆れ顔、クラリスは苦笑いを返す。

「忍び寄るとかおびき寄せるとか。
 方法があるなら眠らせる、拘束する、遠距離攻撃で仕留める……。
 こういう場合の定石はそんなところかな?

 シルバなら忍び寄って仕留められる?」 

 ホークがシルバに尋ねた。

「……この距離だと難しいな。近づく前に発見される恐れが大きい」

「私の【炎の矢】ならこの距離でも倒せると思うけど……」

「いや、お前の魔法、確か連発できねえだろ?
 この先何があるか分からねえし、切札は温存するべきだ」

 タントの意見は正しかった。
 クラリスは他の案を考える。

「じゃあどうする?こっちにおびき寄せる、とか?」

「俺が行く」

 タントが立ち上がる。

「俺が一気に詰め寄って、声を出す間もなく仕留めてやらあ」

「僕も行くよ。タントと僕、同時に突っ込んで挟撃しよう」

 タントは剣を引き抜き、ホークは担いでいた槍を降ろし穂先に巻いていた布を解く。
 二人は目標のゴブリンとの距離を目測する。

「お二人ともストップストップ!
 やる気満々なのはいいッスけど、わたしのことお忘れじゃないッスか?」

 プリムラがタントとホークを制する。

「遠距離攻撃ならわたしの弓の出番ッスよ。
 ここは任せてくださいッス」

 弓を構えてアピールするプリムラ。

「やれんのか?
 ここからだとかなり遠いぜ」

「大丈夫ッスよ、伊達に弓一本でやってないッス。
 ここからはわたしのステージッスよー!」

 ドンッ、と胸を叩くプリムラのノリの軽さに一抹の不安を覚える一同。
 しかし彼女の作戦が最も確実だというのも事実で、結局彼女に任せることになった。

 おもむろに、プリムラは矢筒から一本矢を取り出して弓に番える。
 ギリィ、と弓の弦が音を立てて引き絞られていく。

「行くッスよー……、……フッ!」

 甲高い空を裂く音を纏い、矢が放たれる。
 矢は真っ直ぐに、ゴブリンの喉元へと吸い込まれていき――

「…ゴッ……ッ……フ?」

 無防備な姿を晒していたゴブリンの首の根元を射抜いた。

「やったッスか!?」

「いや、まだよ!」

 矢はゴブリンへ命中していた。
 しかし喉の骨が邪魔をしたのか即死はしていなかった。
 ゴブリンはその首元に矢を突き立てたままフラフラと洞窟の方へと向かっていく。

「まずいよ、仲間を呼ばれちゃう!」

 ホークが槍を構え、駆け出そうとしたとき、

「――いや、上出来……だッ!」

 ホークより先に駆け出していたタントが、ゴブリンの首を一刀に切り落とした。
 ゴトリと首が落ち、遅れて首の無い死体が地面に倒れた。

 間違いなく、ゴブリンは絶命していた。

「ナイスアシストだよ、タント!」

 タントはプリムラが矢を放つと同時に走り始めていたのだった。
 予想以上の成果を上げたタントに、ホークが駆け寄りタッチを交わす。

「プリムラが声を奪ってなかったらアウトだったな。
 というか、静かにしろってのホーク。中の連中に気づかれるぜ」

「あ、ごめんごめん」

 タントは中の様子を窺った。
 どうやらまだ気づかれては居ないようだった。

 ユーフェが恐る恐る草むらから出てきて、首から先がないゴブリンの死体を見やる。

「うわ……、生々しい……。
 なかなかグロテスクな仕上がりですね。
 ゴブリンの死骸なんて初めて見ましたが、人型であるというのが何とも…」

「慣れておいた方がいい、冒険者ならば身近なものだろう」

「ふぁああ、なんだかすごく神経使ったッス……疲れちゃヒャァ!!?」

 うなだれていたプリムラの背中を、クラリスがパンと叩く。

「何言ってるのプリムラちゃん。まだ依頼は始まったばかりよ?」

「わ、分かってるッスよ、クラリスさん……」

「さあ、これで障害は片付いたわ」

 ギュッと、魔術の発動媒体である革の手袋を嵌めるクラリス。

「ああ、中に入るぜ。
 ――準備はいいか?」

 ゴブリンの血の付いた得物を襤褸で拭いながら、タントは洞窟の先を睨み据えた。





 洞窟の中は暗く、湿気の多い空気の中にゴブリン特有の獣臭さが漂っていた。
 間違いなく、中にゴブリン達が巣食っているようだった。

「待ち伏せは……ねえな。気づかれずに侵入できたみてえだな」

 タントは周りの気配を探るが、今のところ敵意を向けられている様子はなかった。

「油断は禁物だよ。奴ら、知能は低いくせに狡賢さだけは人並み以上だからね」

 ホークは槍をくるりと回した。

 一行が洞窟を進んでいくと、やがて分岐路に達した。

 東と北。
 二つの道はどちらも奥まで続いているようで、壁の割れ目から僅かに洩れる光だけではその先を見通すことはできなかった。

「うぅ……何よこの音……気持ち悪い」

 クラリスが顔を顰める。
 東の道、その先から響く大音量。
 腹の底を揺さぶるかのようなその低音は、一行の集中力を欠くに十分な不快感だった。

「あー、これはホブのいびきだと思うよ」

「ホブ?ホークさん、それはホブゴブリンのことでしょうか?」

「うん。ゴブリンの亜種で、特別でかいヤツね。体の大きさに比例して、いびきもでかいってわけだ」

 このくらいね、とホブゴブリンの体長を表すホーク。
 その大きさは百八十cmを優に超えていそうだった。

「どっちの道に行くべきかしら?」

「東だ」

 クラリスの問いにタントが間髪入れずに答えた。

「寝てるってんなら好都合じゃねえか。
 それに、今回の依頼はゴブリン退治だろ?
 そこに目標がいるって分かってるのに、後回しにする必要はねえ」

 異論を唱える者は居らず、一行は東の道へ進むことにした。

「……いたぞ。一匹だけのようだな」

 先を行くシルバがホブゴブリンを発見した。

 細道の奥の行き止まりに、ホブゴブリンは一匹で寝ていた。

 入り口にいたゴブリンより二回りほど大きく、体型もしっかりしている。
 口元からはだらしなく涎を垂らし、洞窟の壁を背に大きないびきをかいている。

「これがホブゴブリン、ですか。
 ゴブリンよりも随分と体が大きい」

「それにしてもすごいいびき……!起こしちゃったらやっかいそうね。
 でもなんていうか……バカっぽい?」

「でも馬鹿ってのは案外危険だぜ?
 野生に近いってことだからな。
 ま、まともにやり合ったらの話だが――」

 下がってろ、と一言言って、タントは剣を逆手に構え、寝ているホブゴブリンを起こさないように静かにその横に立つ。
 そして剣の切っ先を、寝ているホブゴブリン目がけて一気に突き下ろした。

「ゴフ、グ…ッ……?」

 わずかなうめき声を残し、ホブゴブリンは覚めない眠りについた。

「ふぅ。一丁上がり、っと」

 一息つき、タントは死骸と化した妖魔から剣を引き抜く。

「お見事、さすがだねタント。
 断末魔を上げる隙さえ与えなかった」

「こんなもん作業だっての」

 ホークはタントの手腕を褒めるが、当のタントはなんでもないというように肩を竦めるだけだった。

 ホブゴブリンを無事に始末した一行は、分岐路まで戻り、今度は北の道へと進むことにした。
 洞窟の幅は奥に行くにつれ、むしろ広がっていくようだった。

「……なんか聞こえるッス」

 最初に気づいたのはプリムラだった。
 曲がり角の先から聞こえる、人と獣の声が合わさったかのような異音。

「全員集まれ。ここを動くな」

 シルバが小声で指示を出す。
 その意味を察した一行は、静かに一か所に集合した。

「どうやらこの先、角の向こうに群れがいるようだ。
 数は……七から八。戦闘は避けられまい」

「総力戦というわけですね……

 ユーフェが身震いする。
 後方支援が担当とは言え、彼女にとっては初めて経験する戦場。
 恐怖を隠せるほどの余裕はなかった。

「怖いかチビ助?
 なんならここで待っててもいいぜ」

「冗談はよしてくださいタントさん。
 私は弱くて臆病ですが、自尊心だけは人一倍あるつもりです。
 ここまで来て逃げ出すくらいなら、そもそもこの二週間で冒険者をやめてますよ」

 震えながらも、涙目になりながらも、ユーフェはタントの目を真っ直ぐに見つめて答える。
 その姿にタントは目を丸くしたが、その覚悟を受けてニヤリと笑った。

「――ハッ、よく言ったユーフェ。さすがはあの神父の秘蔵っ子だ」

 意志を示した少女。
 その決意を受けて、タントは初めて彼女を名前で呼んだ。

「じゃあ行くぜ、お前ら。
 とっとと片づけて、凱旋と洒落込もうじゃねえか!」

 果たして、洞窟の奥には妖魔の群れが待ち構えていた。
 シルバの見立ては正確だった。
 ゴブリンが三匹に、コボルトと呼ばれる犬面の妖魔が四匹。
 計七匹で形成される妖魔の群れ。
 しかし、突然の襲撃に対し彼らのほとんどが狼狽していた。

「そりゃあ!!」

 一番槍はホークだ。
 振るう武器は文字通りの槍。
 洞窟という閉所では扱いづらいはずのそれを、まるで手足のように振り回す。
 妖魔退治は冒険者の仕事の中でも多い。
 幼いころから冒険者として生き続けてきたホークにとって妖魔との戦いはお手の物だった。

 まさしくその戦い方は名の通りの鷹。
 速度で圧倒し獲物を狩る、大空の狩人だ。

「右翼の敵は僕に任せて!」

「ああ、俺は左翼を叩く!!」

 ホークの戦う反対側を行くのはタントだった。
 ホークに一歩遅れながらも、ホーク以上に力強く着実に敵陣へと前進していく。
 その手に握られているのは一本の剣。

 バスタードソード。
 両手でも片手でも扱えるように作られたその剣は『雑種』の名を冠する。
 独特の重心を有し扱いが難しいとされるそれを、タントは相手との距離に合わせて持ち手を切り替えて自在に操っていた。
 コボルト二匹を同時に相手取り、なお圧倒する戦い。

「気をつけろ!真ん中のゴブリン、なんか隠してやがる!」

 不穏な気配を鋭敏に察知するタント。
 一方的にやられていく妖魔の群れの中で、杖を携えたそのゴブリンは襲撃者たちに対して唯一明確な殺意を抱いていた。

「あれはゴブリンシャーマン、魔術を扱うゴブリンの亜種です!
 まずいですよ、あの構えはおそらく……魔術を発動する前兆です!」

 ユーフェがゴブリンシャーマンの狙いを看破する。

 魔術は魔力を用いて現象を成す神秘の法。
 それはたった一片の呪文で戦況を反転させうるほどの効力を持つ。

 シャーマンの持つ杖がユーフェへ向けられる。

「ユーフェさん!!

 ……ッ…!!」

 シャーマンの詠唱を妨害しようと、プリムラが弓を構える。
 しかし、洞窟の暗がりの中で、しかも敵味方が入り乱れている状態で正確に目標を射抜く技術はプリムラにはまだなかった。

「私に任せて!」

 クラリスがシャーマンとユーフェの間に体を滑り込ませた。
 シャーマンとクラリス。
 魔術師同士が同時に詠唱を開始する。

「《鏃よ灯せ火焔よ驕れ、山辺を朱色に染め上げよ》……《燃えろ》!!」

 先に術を完成させたのはクラリスだった。

 【炎の矢】。
 最も単純な攻撃魔術の一つであり、クラリスの持つ唯一の攻撃手段だ。

 クラリスの指先から炎弾が現れる。
 赤々と燃え、洞窟の中を照らし出すそれは、夜空に浮かぶ恒星の一点だ。
 【炎の矢】の術式により生み出されたその光点は、矢よりも誘導性があり、何より威力に優れている。
 まるで流れ星のように乱戦の合間を縫って、冒険者陣営の後衛から妖魔の群れの後衛まで弧を描いて飛んでいき、シャーマンを一撃で吹き飛ばした。

「やった!」

 確かな手応えに喜ぶクラリス。
 自分の魔術がちゃんと通用する、その実感を得た瞬間だった。

 しかし、その喜びもつかの間。
 クラリスの顔のすぐ横を、一陣の風が駆け抜ける。

「きゃっ!」

 ドンッという鈍い音。
 それに遅れて、クラリスが魔術に集中している間に彼女の横に忍び寄ったゴブリンが倒れる。

「油断するな、クラリス」

「ご、ごめんシルバさん!」

 ゴブリンを倒した風の正体、それはシルバの放った上段蹴りだった。

「詠唱が早いのはいい。だが集中しすぎて無防備になるのは君の悪い癖だ」

 その場で軽くステップを踏みながらクラリスを窘めるシルバ。

「へえ、なかなかやるじゃねえかシルバ!
 前衛(こっち)でも十分やれんじゃねえのか?」

「お前もだタント。余所見してないで目の前の敵に集中しろ」

「ハッ!心配すんなっての。
 これで……終わりだ!!」

 首魁と思わしきシャーマンが倒され、やけになったゴブリンの捨て身の一撃を横に避けるタント。
 体勢を崩して隙を見せたそのゴブリンの胴体を、タントの剣が真一文字に斬り裂いた。

「ゴ、ギャッ!!」

 崩れ落ちるゴブリン。
 やがて訪れる静寂。

 ここに、勝敗は決した。

「洞窟の中に他の気配もねえし、依頼達成ってことかね?」

 タントは辺りを見回しつつ剣を鞘に収める。

「フハー!ようやく終わりッスかー!疲れたッスー……」

「確かに……これが冒険者の仕事なのね……」

 その場に腰を下ろすプリムラ。
 クラリスもその横にしゃがみこむ。
 今度ばかりはクラリスも背中を叩く様な真似はしなかった。

「怪我人はいませんか?回復できますが」

「こっちは大丈夫。それよりも、洞窟の先へいってみない?
 ちゃんと仕事したのを確認してから、依頼人に報告しないといけないからさ」

「お前たちは休んでいろ。俺が様子を見てくる。
 タント、念の為同行してくれ」

「オーケー、シルバ。パパッと済ましてとっとと帰ろうぜ」

 洞窟の奥へと進むタントとシルバ。
 タントの予想通り妖魔の気配はなかった。
 一本道だった洞窟は進むにつれだんだんと狭くなっていき、二人が行き止まりまで至るまでさほど時間はかからなかった。

 そして洞窟の最奥。
 行き止まりとなったそこに、ゴブリン達が残していったと思われる箱が置かれていた。

「へえ、宝箱ってわけだ」

「人間の作った箱のようだが、どうやらゴブリン達が使っていたようだな」

「で、どうだシルバ。開けられそうか?」

「鍵はあるが罠はない。……二、三分といったところか。少し待っていろ」

 シルバは箱の前に腰を下ろした。
 懐からピッキングツールを取り出し、鍵のかかったその箱をいじり始めた。
 静まり返った薄暗闇の洞窟に、カチャカチャという金属音だけが響き渡る。

「……シルバ。聞いてもいいか?」

「どうした?」
 
 箱についた鍵穴をいじるシルバの背中に、タントが話しかけた。

「あんた、盗賊ギルドは長いのか?」

「……いや、そうでもない。
 俺がリューンの盗賊ギルドに入ったのは半年前だ」

「半年、か。
 なあ、盗賊ギルドってのは情報が集まるところなんだろ?」

「簡単に言えばそうだ。
 街中のことに関しては、だが」

「――シルバ、あんた、『水鏡屋』って言葉に心当たりねえか?」

 タントの声のトーンが落ちる。
 いつものタントらしからぬ態度に、シルバは違和感を覚えた。

「『水鏡屋』?初めて聞く言葉だが……。
 何かの隠喩か?」

「いや、個人の名称……だと思う。
 一体どういう人物なのかは俺も知らねえんだが。
 もしその言葉を聞く機会があったら、俺に教えてくれねえか?」

「それは構わんが。
 探しているのか?その水鏡屋とやらを」

「ああ、俺が冒険者を始めた理由の一つだ。

 ――どうしても、そいつに……聞きたいことがあってな」

 そう言ったタントの顔。
 それを見たシルバは戦慄した。

 そこにあったのは虚無の感情。
 しかしそれはただの零ではない。

 憤怒、悲哀、歓喜、期待、絶望。

 あらゆる要素が詰まり、犇めき、拮抗し合って生まれた、平衡の無。
 あらゆるものが無に帰す黒穴の闇だ。

 普段は飄々とした態度を崩さないタントだけに、その漏れ出した気配はシルバの瞳に強く焼きついた。

「タント、お前――」

「さて、っと」

 シルバの心境も知らず、タントは元の顔に戻る。

「危険もねえようだし、先にあいつらのところに戻ってるぜ。
 今の話、よろしく頼む」

「あ、ああ。
 すぐに俺も戻る」

 タントは振り返り、元来た道へ帰っていく。
 まるで何事もなかったかのような態度。
 シルバはその少年の後ろ姿に影を見たような気がした。





 夕刻、【紳士の祝杯亭】で。

「それじゃあ!初仕事の成功を祈って~?」

「乾杯!!」

 クラリスの音頭に合わせて、響く木製ジョッキの衝突音。
 若き冒険者一行は初めての依頼を終えて、【紳士の祝杯亭】の一角で宴会をしていた。

「みなさん、おつかれさまです。
 あ、ホークくん、これお父さんからサービスね。
 初仕事成功祝いだってさ」

「お、ありがとうムスメさん!」

 所狭しとテーブルの上に並べられた料理。
 そこにさらに新たな一皿が加えられる。

「案外楽勝だったじゃねえか。
 この調子ならこのパーティでもやってけそうだな」

「慢心は禁物よ、タントくん。
 でもこのパーティなら大丈夫っていうのは私も賛成かな」

 タントとクラリスがジョッキを交わす。

「それよりシルバさんシルバさん。
 シルバさんが見つけたっていう宝箱の中身、あたし気になるッス!」

「私も気になります。
 ゴブリンには確か、蒐集癖のような習性があったはずです。
 金目の物はありましたか?」

「か、金目の物ってユーフェちゃん……」

 世俗にまみれきった修道女の物言いに、ホークは苦笑いを浮かべる。

「ほとんどがガラクタだったが、価値のありそうなのはこんなものだな」

 シルバは銀貨と杖を取り出した。

「どれどれ。銀貨は……ざっと二〇〇spってとこですね。
 元々の依頼料を含めれば八〇〇spですか。

 杖の方はどうです?
 金銭的な価値はありそうですか?」

 ユーフェが素早く銀貨をカウントする。
 それを傍で見ていたムスメは、幼き彼女の行く末が少しだけ不安になった。

「見て!これ、【賢者の杖】よ!」

 杖を見ていたクラリスが声を上げる。

「あ、僕も聞いたことあるかも。
 なんだっけ、魔術の増幅装置?みたいなのでしょ、それ。
 冒険者仲間の間では高値で取引されてるよ」

「そう!これを持つことは魔術師の間では一種のステータスって言われてるわね」

「貴重なものだったか。
 どうするクラリス、君が使うか?」

 シルバがクラリスに尋ねる。
 この中で【賢者の杖】の価値を一番理解しているのは魔術師である彼女だと思ったからだ。

「うーん、私には先生に作ってもらった手袋があるからなぁ…」

「では売りましょう。一体いくらになることか、楽しみですね」

「ああ、ちょっと待ってユーフェちゃん!もうちょっと考えさせてー!」

 魔術師達がこぞって欲しがる魔導具も、ユーフェの目には銀貨にしか見えていない。
 どさくさに紛れて杖を持っていこうとするユーフェをクラリスは慌てて止める。
 その姿を見て、タント達は大笑いするのだった。
 結局、【賢者の杖】の処遇については後日に持ち越されることになった。

 そして宴会は夜へと続いていく。

「お疲れさん。
 まずは初仕事、無事に終えたようで何よりだ」

「親父さん」

 宴もたけなわという頃、仕事をムスメと交代した親父がテーブルの方へやってきた。
 そしてぐるりとパーティの顔を見渡す。

「随分盛り上がっているようだな。
 最初の仕事を終えた冒険者は、大抵はフラフラになってるもんだが。

 ふむ、ワシの目に狂いはなかった、と言っておこうか。
 風格だけならお前さんらはもう立派な冒険者パーティだな」

「へえ、親父さんがお世辞言うなんて珍しいこともあるもんだ。
 ま、まだ僕ら名前もまだ決まってないんだけどね」

「名前ッスか?」

 プリムラがホークに尋ねる。

「うん、パーティの名前。
 ちゃんとした名前がないと、名前を売ることもできないでしょ?
 冒険者の評価ってのは人気で左右されちゃうからねー」

「そうだな。それに名は体を表すとも言うぞ?
 パーティ名を決めておくのは大事なことだ。
 自分達が何者であるのか、どこへ向かおうとしているのかを形にする。
 それはお前達の『旗』であり『道標』となるものだからな」

 冒険者にとってのパーティ名の意味。
 それは意外なほどに重要なものらしい。

 親父の言葉に考え込む一同だったが、一人だけテーブルに置かれたジョッキへ手を伸ばす者がいた。

 タントだった。

 タントはジョッキを傾け、ゴクゴクと音を立てて中身を飲み干す。
 そしてまたジョッキをテーブルへ戻す。
 中身が空になったジョッキは小気味のいい音を立て、親父を含めた他の六人の視線がタントヘと集まる。

 その視線に特に反応するでもなく、タントは徐に口を開いた。

「……俺達が目指すもの、だろ?
 そういう話なら、俺は『火』がいいと思うぜ」

「火……?」

 一同はタントの言葉に耳を傾ける。

「ああ、火だ。炎、火炎……まあ呼び方はどうでもいいが。
 俺達が何を目指すべきなのか考えた時、最初にイメージした。

 火ってのは形がねえだろ?
 微風に揺れるほど柔軟で、それでいて強力な熱を持ってる。
 そして燃料さえくべれば、どこまでだって大きくなる。

 ほら、何でも屋の冒険者が名前を売ってくって意味ならぴったりじゃねえか」

「火、か。悪くないな。
 今はまだ小さな種火だが、やがて煌々と燃える『烈火』へ成り上がる、と。

 そうだな……パーティ名にするならさしずめ、『烈火と成る者たち』というのはどうだ?」

 タントの言葉を受け、親父が提案する。

 ――『烈火と成る者たち』。
 その言葉のイメージが六人の心に浮かぶ。

「『烈火と成る者たち』ね。
 うん、私はいいと思うわよ」

「わたしも賛成ッス!
 タントさんも親父さんもセンスあるッスね。
 烈火、烈火かぁ……かっこいいッス!」

「僕もカッコいいと思うよ。
 ちょっと恥ずかしいけどね」

「些か子供っぽいと思いますが、それくらいの方が覚えやすくていいかもしれませんね。
 私もいいと思います」

「俺も異論はない。
 ……良い名だと思うぞ」

 反対する者はいないようだった。
 再び一同の視線がタントに集中する。

「どうやら決まりみてえだな」

 タントは立ち上がり、拳を真っ直ぐ前に突き出す。

「今この時から、俺達は【紳士の祝杯亭】の冒険者――『烈火と成る者たち』だ」

 誓うように、高らかに宣言した。





【あとがき】
 リプレイ一発目は安定のゴブ洞でした!
 いろんな方が(過去の自分も含めて)既にリプレイをしている、定番シナリオです。
 交易都市リューンの次に多くプレイされてるシナリオではないでしょうかね。
 プレイしてみると短いですが、かなり手の込んだ丁寧なシナリオです。
 まさに教科書、ビューティフル・ロジカル・エディタ・ワーク。

 冒頭と文末はオリジナルでした。
 最初の依頼選びとパーティ名決定です。
 パーティ名はなかなか決まらず苦労しました。
 いろいろな形を考えましたが、最終的には旧リプレイと同じく「○○者たち」の形に落ち着きました。
 烈火と成る者たちの今後の活躍にご期待ください。

今回の入手品→
報酬600sp+200sp
アイテム【賢者の杖】

 ・・・・・・・・・銀貨袋の中身 【1100sp】

著作権情報…
 「ゴブリンの洞窟」→斉藤 洋様「ゴブリンの洞窟」より。著作権はgroupAsk様にあります。
 「炎の矢」→飛魚様「武闘都市エラン」より。著作権は飛魚様にあります。
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