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PC1・2:タントとクラリス

 馬車の列はギルモア渓谷を越え、中央街道へ合流するところだった。

 リューンを始めとする主要都市群と北部サーベル地方を繋ぐ定期便。

 連なって進む馬車の数は三台。
 先頭を行く一台目の馬車には御者や護衛たちが、一番後ろ三台目の馬車には荷物が、そして真ん中の二台目には乗客が乗っていた。

 ゆっくりと進む馬車であったが、その乗り心地は快適とは言い難い。
乗客たちは馬車の車輪が小石を捉えるたびに顔を顰めていた。
 しかしそれも最初の頃だけで、馬車の旅も三日目ともなるとその不規則な揺れのリズムも旅の情緒と感じられるようになっていた。

「お、どうやら中央街道に入ったようですぞ。
 このあたりは治安が良いと聞いてはいましたが、なんとも平和なものですなぁ」

 二台目の馬車、四人いる乗客の一人が誰にともなくつぶやく。

 年は四〇ほど、ぼさぼさの髪の毛とひげ面が特徴のこの男。
 ダニエル・ウォーカーは貿易商人だった。

 彼が言うには、職業柄どうにも沈黙という環境が苦手らしい。
 特に返事を期待しているわけでもなく、一人で益体もないことを呟くのが癖だった。

「そうですねぇ。このまま何事もなく到着してほしいものです」

「えー、つまんない。せっかく冒険者さんたちがいるんだから、戦ってるところ見てみたーい!
 ゴブリンとか狼の群れが襲って来ればいいのに!」

 行程も中ほどを越え緊張がほぐれたからか、今回の呟きには返事が返ってきた。
 答えたのは総白髪の老婆と、彼女に連れられた小さな少年。

 少年と老婆は祖母と孫の関係だった。
 少年の両親は二人ともリューンで働いているらしく、今回の旅の目的はその両親へ会いに行くことだという。

「こ~ら、エリック君。あんまり不謹慎なこと言っちゃだめだよ?」

 少年の名を呼び、彼を窘めたのは少女だった。
 少女、と言ってもこちらは少年よりも幾ばかりか背が高い。
 年齢は十代後半ほどの、快活そうな女の子だった。
 後ろで結わえられたオレンジ色の髪が、馬車の揺れに合わせてふわふわと揺れていた。

「ふきんしん?」

「えーと、縁起が良くないってこと。
 東の国には『噂をすれば影』って言葉があってね、口に出したことがほんとになっちゃうんだから」

「そうなの!?」

「そういうこともあるかもよって話。
 だけどこういう言葉があるってことは覚えておこうね」

「……うん!クラリスねえちゃん!」

 エリック少年の素直な返事に、クラリスと呼ばれた少女は思わず笑みがこぼれた。

「へえ、お嬢ちゃんは物知りだねぇ」

 少年の祖母がクラリスを褒める。

「えへ、ありがとうございますマクレガーさん。
 でも私なんかまだまだです。村の先生にも、いつも叱られてばかりで…」

「そういえばクラリス殿は、リューンの賢者の塔へ入学試験を受けに行くのでしたな?」

 商人の男がクラリスの話に興味を示した。

「はい、ダニエルさん。私の先生のお友達が塔に勤めているらしくて、そのつてで」

「ほお、それは運が良かったですな。いや、この場合はその先生に認められたクラリス殿の実力を称えるべきですかな?
 リューンの賢者の塔と言えば、その筋では有名らしいですからな」

「本当なら私みたいな田舎娘が受けられる試験じゃないんですけどね。
 でも、私の夢を叶えるにはそれが一番の近道だと思って、先生に無理を言ってお願いしたんです」

「クラリスねえちゃんの夢?」

 エリックがクラリスの話に興味を示す。

「うん。私ね、物心ついた時から村から出たことがなかったんだ。だからずっと外の世界に憧れててね。
 賢者の塔で勉強して、そのまま塔の調査員になって、いつか世界中を見て周るのが私の夢なの」

「それは素敵な夢ですなぁ。
 リューンの賢者の塔といえば、学問を志す方々の聖地。きっとクラリス殿ならば立派な調査員になれますとも」

「あはは~、試験に受かるかどうかはまだ分からないですけどね」

「でも、初めての旅ともなれば勇気が要ったでしょう。ご家族もさぞ心配しているのでは?」

「……そう、ですね。正直今も、不安でいっぱいです。
 でも家族や村のみんなが、挑戦してみろって励ましてくれたんです。旅費や試験にかかるお金も、村のみんなが集めてくれて」

 クラリスの話を聞いていたマクレガー夫人は、ニコニコと笑みを浮かべる。

「クラリスちゃんの村の人たちは、なんだかとても暖かいんですねぇ」

「はい。村のみんなは、私の大好きな家族なんです」

 マクレガー夫人の笑みに、クラリスは照れたように笑みを返す。
 それは、誰もが見とれるような、まるで花が咲く様な満面の笑みだった。

「……惜しい、ですな」

「ダニエルさん?」

「クラリス殿を見ていたらつい思ってしまいましてな。
 努力家で、思いやりがある。加えて、賢者の塔志望の才女でこんなにもお美しい!
 いやぁ、惜しい!私が後二十年ばかし若ければ、間違いなく口説いていましたなぁ!」

 根っからの商売人ダニエルは、女性を褒めるタイミングを逃さない。
 小さな村で育ってきたクラリスは、慣れないお世辞に困った笑顔を浮かべた。

「うんうん、おれもあと二十年早く生まれてたら、口説いていましたなぁ!」

 そんなクラリスの心の内を知ってか知らずか、ダニエルに追従して口真似をするエリック少年。
 思わず、乗客の誰もが噴き出してしまった。





 旅は順調のはずだった。
 幸い天候にも恵まれて、リューンへの到着は予定通りという話らしい。

 このまま何事もなくリューンへ着く、誰もがそう思っていた。
 しかし旅の平穏は突如として破られることになる。

 それは、旅が始まってから三日目の夕方のことだった。

「……あれ、止まってる?」

 最初に異変に気づいたのはクラリスだった。
 ガタゴトと音をたてながら進んでいた馬車であったが、いつの間にかその音が消えていた。
 よく見てみれば、明り取りの小窓から見える景色がその動きを止めていた。

「あら、本当ねぇ。何かあったのかしら」

「今夜はここで夜営ということですかな?予定では、まだ一時間ばかし移動だと思っていたのですが」

 いつもならば休憩時ならば御者が呼びに来るはず。
 しかし、何時まで経っても御者が現れる様子はなかった。

「私、ちょっと外の様子を見てきますね」

「あ、待ってねえちゃん、おれもいく!」

 クラリスは荷台から跳び降り、後からついてくるエリックを抱き下ろす。

(あれ?前の馬車、どこにいったんだろう?)

 三台連なって進んでいたはずの馬車。
 クラリスたちの乗った二台目は一台目のすぐ後を追っていたはずなのに、その先頭の馬車が見えない。
 後ろを見れば、荷物を運ぶ三台目の馬車に乗っていたはずの御者も姿が見えない。

 風がクラリスの頬を撫ぜる。
 辺りは静かで、今にも沈みそうな太陽が、一面を真っ赤に染め上げていた。

 何故だかわからないが、嫌な汗がクラリスの頬を伝う。
 クラリスは御者台の方へ回り込んだ。

「あの~、何かあったん、です、か……ぇ?」

 御者台を見て、凍りつくクラリス。

「どうしたの、クラリスねえちゃん?」

「ダメ!エリック君はこっちに来ないで!!」

 突然、怒鳴り声をあげるクラリス。
 その尋常じゃない様子に、思わずエリックは身を震わせた。

 クラリスたちの乗っていた馬車の御者台。
 そこに座り、馬車を走らせるはずの御者。

 彼は、死んでいた。

 より正確には、殺されていた。

 おそらくは一撃だったろう。
 死因は疑いようもなく、こめかみへ深々と突き刺さった矢。
 光を失った瞳はもはや何物も映してはいない。
 手綱を掴む者を無くした馬は、何が起こったのかわからないとでもいうように、その場に立ちすくんでいた。

(どうして……一体何が!?)

 誰が御者を殺したのか、どうして護衛がいなくなっているのか。
 疑問に思ったクラリスは慌てて辺りを見回す。
 そしてすぐにその疑問への答えに行きついた。

 首筋に感じる不穏な視線。
 そして聞こえる押し殺したような笑い声。
 気づけば馬車は、どう見ても堅気ではないであろう、武装した幾人もの男たちに囲まれていた。

 西の山へ日が沈みゆく。
 太陽はその光の最期の一滴を絞り終える。
 ここから先は、餓えた獣たちの狩りの時間だ。

「おーい野郎ども、囲め囲め!」

 男たちの一人が大声を上げた。
 その風貌はいかにも山賊然としており、腰には使い込まれた鉈がぶら下げられていた。

「クソッタレ、勘のいいガキどもが出てきちまった。
 うまく護衛の連中を分断できたってのに、『商品』に逃げられちまったら大損だぜ」

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら馬車に近づいてくる男たち。

「何なのよ、貴方たち……!なんで、こんな、どうして……!!」

「ヘヘッ、大人しくしてくれよ、お嬢ちゃん。
 無駄な抵抗しないで、ちょぉっとおじちゃん達の小遣い稼ぎに協力してくれや」

 下卑た笑みを浮かべるリーダー格と思わしき男。
 その男の言葉にクラリスは彼らの正体に気づいた。

「……ッ…奴隷狩り……!」

 クラリスは村の先生から教わったことを思い出した。

 この時代、増え続ける奴隷需要に対して非正規のルートで人身売買を行う人間が後を絶たなかった。
 違法ルートで取引される人間を集める犯罪組織の実行部隊、それが奴隷狩りだ。

「……エリック君、馬車に戻って。絶対に外に出てきちゃだめ」

 震える声を精一杯取り繕って、クラリスはエリックを庇いながら男たちを睨めつける。

「で、でもねえちゃん、冒険者さんたちはいないんだよ!?
 どうにかして逃げないと!」

「ハッハー!!この状況で逃げれると思ってんのかよ!」

 人数は不利。
 助けを求めようにも、辺りには何もない。
 馬車は悪漢たちにより隙間なく囲まれている。
 よしんば一瞬包囲を抜けられたとしても、土地勘のない乗客たちはすぐに捕えられてしまうだろう。

 逃げられない、クラリスはそう結論付けた。

「エリック君は他のみんなをお願い。
 馬車の扉を閉めて、できるだけ時間を稼げるようにして」

「ダメだよ、クラリスねえちゃんはどうするの!?」

「エリック君は男の子だけど、私の方がお姉ちゃんだから。
 ここは、私を信じてくれないかしら?」

 そういっておもむろにポケットから何かを取り出すクラリス。
 それは賢者の塔の入学試験を受けると決めた時に『先生』から渡された、クラリスのために作られた右手用の革の手袋だった。

 決意を秘めた、翡翠の瞳。
 それを見たエリックは頷き、馬車の中へと戻っていった。

「ああ?なんのつもりだてめぇ」

 一方的に蹂躙するつもりだった奴隷狩りの男。
 クラリスの瞳に灯った火に不信感を覚えた。

 賢者の塔、それは魔術学連と呼ばれる組織の所有する施設だ。
 その目的は魔術の研究開発及び保護。
 とりわけリューンにある賢者の塔には、諸国から集められた多くの技術者たちが集まっていた。

 技術者――すなわち、魔術師である。

 ギュッっと、クラリスは手袋右手に嵌め、己の内側のスイッチを切り替える。
 ただの田舎の少女クラリスから若き魔術師クラリスへ。
 切り替わった意識のレールに魔力を流し込んでいく。

 クラリスは瞳を閉じて意識を落とし込み、呪文を紡いでいく。
 手袋を嵌めた右手は硬く握りしめ胸元に。
 それはまるで、戦いに赴く戦士の儀式のようだった。

「何ブツクサ言って……」

「お、おい!バカ野郎、下がれ!!」

 奴隷狩りたちの中には、クラリスの様子に異常を感じた者もいたが時すでに遅し。
 クラリスは開眼し、目の前の『標的』に狙いを定めた。

「――――《鏃よ灯せ火焔よ驕れ、山辺を朱色に染め上げよ》……!《燃えろ》ォ!!」

 クラリスの右手が輝き、その拳の先端に火が灯る。
 振り上げられた右手、生じた火はやがて炎となり、気合とともに射出された。

 爆音。
 下がり損ねた奴隷狩りの一人に、クラリスが生み出した炎弾が襲いかかった。

「ガハァ!!」

 炎弾の爆撃を真正面から受けた男は、数メートルほど吹き飛んで倒れた。

(で、できた――!)

 クラリスは攻撃を受けた側以上に、己の成果に目を見張る。

 【炎の矢】。
 クラリスが護身用として師に授けられた、唯一の術式だった。
 指先から炎の塊を射出し、敵にぶつけて炸裂させる魔術だ。

 初歩にして強力で、その分危険な術式である。
 当然ながら、実戦での使用は初めてのことだった。

「…ぅ…ッ……!」

 真正面から攻撃を喰らった男は、気絶しているようだった。

(よかった、死んでない……。初めて人に向けて使ったけど、ちゃんと威力調整できてる)

「魔術師だと!?こんな小娘が……!」

 奴隷狩りのリーダー格の表情が驚愕の色に染まる。

 ――だがそれも一瞬のことだった。
 驚愕に染まった顔が次に示したのは、喜びの色。

「……クククッ、クハハハハハ!
 ツいてるぜえ、まさかこんな貴重品が紛れ混んでいやがるとはな!」

 魔術師が持つ魔術の才能は希少なものだ。
 奴隷狩りたちにとってクラリスは、手強い敵であると同時に高価な商品でもあった。

「魔術師と言えど相手は小娘一人だ、全員で囲んで捕まえろ!」

「オラぁ!!」

 リーダーの指示を受け、奴隷狩りたちが少女へと襲い掛かる。

「…ッ…!……《燃えろ》!」

 クラリスは突進してくる敵をすぐさま【炎の矢】で迎撃する。
 一瞬たりとも気を抜けない状況に、クラリスの頬を緊張の汗が伝った。

「バカ野郎、迂闊に突っ込むな!矢で牽制して生け捕りにするんだ!」

「でも親分、この女かなりできますぜ!」

「チッ、これだから魔術師とかいう連中は…!
 ……馬車の中だ!さっきのガキを捕まえて人質にしろ!」

「…ッ……!!
 させない!ここから先は一歩も通さない!!」

 魔術の炎を繰り、奴隷狩り達の行く手を阻むクラリス。
 馬車に近づこうとした奴隷狩りたちはことごとく【炎の矢】の前に倒れていく。

 その守りは盤石。
 奴隷狩りたちは一人たりとも馬車に近づくことはできなかった。

 しかしクラリスの勢いも長くは続かなかった。

「ハァ……ハァ……!」

 奴隷狩りの集団を半分ほども熨した辺りで、クラリスの【炎の矢】の威力が明らかに衰え始めた。

 魔術とは、魔力を消費し事象と成す技。
 そして魔力の消費とは生命力・精神力の消費に他ならない。

 魔力切れ。

 慣れない術式を何度も行使したクラリスの保有魔力は、限界に近づいていた。

「……オラぁ!!」

「きゃっ!!」

 後ろから近付いてきた奴隷狩りの一人に気づかず、クラリスは地面へと押し倒された。
 髪の毛を掴まれ、得物を喉元に突き付けられるクラリス。

「は、離して!」

「捕まえましたぜ、お頭ァ」

「よぉし、でかした。ったく、手こずらせやがって……。
 ああ、怪我はさせんなよ?大事な商品様だからなぁ?

 ――っと、予想外に時間がかかっちまった。護衛が戻ってくる前にとっとと仕事を済ませるぞ」

 無情にも奴隷狩りたちの手によって、馬車の扉が破られていく。

「き、君たち、乱暴な真似はやめたまえ!ご婦人もいるのだぞ!」

 ダニエルの抗議など歯牙にもかけず、奴隷狩り達は乗客たちを乱暴に引っ張り出した。

「クラリスねえちゃん!!」

 地面に倒れ伏すクラリスを見て、エリックが叫び声をあげた。

(エリック君……ごめん……!ダニエルさんも、マクレガーさんも……)

 ――もし、もっと自分に力があれば。
 ――もし、もっと自分に知恵があれば。

 クラリスは己の未熟さを呪った。

 そんなクラリスの思いを他所に、リーダー格の男は乗客たちを眺め値踏みを始めた。

「……さっきのガキとおっさん、か。
 こっちもだいぶやられちまったが、魔術師の小娘には高値がつきそうだし、収支は合うか」

 そして、マクレガー夫人の前で止まる男。

「ああ、ババアは邪魔になるだけだな。
 殺しとくか」

 リーダー格の男がマクレガー夫人に近づいていく。

「ば、ばあちゃんに近寄るな!!」

「ご婦人に暴力は見逃せませんぞ!」

 その前にエリック少年とダニエルが立ちふさがる。

「チッ、邪魔くせえ。お前らは商品なんだから大人しくしてい……ろッ!!」

 奴隷狩りの男は腰にぶら下げた鉈を引き抜き、その柄でダニエルとエリックを殴り倒した。

「や、やめてください……!!
 わ、私はどうなっても構いません。
 孫は……孫は見逃していただけないでしょうか……?」

 奴隷狩りの男対し、に地面に額をこすりつけ懇願するマクレガー夫人。
 声は震え、その眼には涙が浮かんでいた。

 だがその必死の願いは、男の悪意に切って捨てられた。

「ハッ!ばっかじゃねーの!!
 商品にもならねえゴミの頼みなんて、なんの価値もねえよ!!」

 男は夫人の後頭部を踏みつける。

「やめて、やめてよ……」

 クラリスの必死の懇願。
 すでに彼女も涙声だった。
 マクレガー夫人の柔らかな笑みを思い出し、その彼女の心を踏みにじる男を睨みつける。

「おっと、その女はしっかり押さえとけよ。妙な真似したらガキの方も殺すからな。

 ……さて、と」

 マクレガー夫人の頭を押さえつけていた足を外す男。
 そして手に持った鉈を振り上げる。

「じゃ、ぱっと死ねや」

 無慈悲にも、その鉈は振り下ろされた。





 北部ザーベル地方の小都市。
 ある少年がとある看板を見上げながら、絶望に打ちひしがれていた。

「リューンへの定期便が……八〇〇sp、だと……!?」

 少年は何度も目を擦り看板を見るが、数字は減りも増えもしなかった。

 八〇〇sp、すなわち銀貨八百枚。
 それがリューンへ至るために必要な金額のようだ。

 金が、足りなった。
 それもかなり足りない。
 具体的に言うとあと七七〇spほど。

(あの爺さんとの約束は一週間後だ。
 この便を逃したら、どうやっても間に合わねえ)

 遠くリューンにいる友人と交わした再会の約束。
 五年ぶりに会うというのに、金が足りなくて約束を守れないなんて無様な真似はしたくない。
 とにかく、少年はどうにかしてこの便に乗るしかなかった。

 出発は三十分後。
 三十分で銀貨七百枚を用意する方法、少年は必死で考えるがそんな都合のいいものはまったく思いつかない。

 少年は腰にぶら下げた剣を見た。

(これを売れば……足りるか?)

 そう思い至り、すぐさま頭を振って一瞬浮かんだ悪しき考えを追い出す。

 少年――タント・アッカルドは剣士だ。
 剣を失うことはすなわち、稼ぎ口とプライドと今までの生き方を同時に失うことに他ならない。
 それだけは絶対に譲れない一線のはずだ。

(師匠が言ってた。『本当に追い詰められときにこそ、冷静にならなければならない』、だ。
 考えろタント、なんでもいいから代案を思いつけ……!)

 金はない。
 時間も、ない。
 リューンまでの道のりは遠いし、徒歩であのギルモア渓谷を越えるのは一人では不可能と言っていいだろう。

 まるで無理難題。
 だが答えのない問題などないはずだと少年は信じていた。

 ――そしてついに、タントは天啓を得た。

「……ハハハ、そうだよアレしかないじゃないか」

 自然に乾いた笑いが漏れ出す。

(――忍び込んで、隠れる。それっきゃない!)

 人によってはそれを、無賃乗車と呼ぶかもしれない。

 タントが腹をくくっているうちに、停留所には馬車が到着したようだ。
 どうやら荷物の積み込みを始めるようだ。

(……師匠が言ってた。『観察と考察、それだけが活路を開く手段だ』って)

 タントは、尊敬する師匠の言葉を思い出す。
 剣の師匠だったが、タントは生き方の多くを師から学んだ。
 師の教えは、タントの考え方の根幹に大きく影響していた。

 ――残念ながらスマートな無賃乗車のやり方は教えてくれなかったが。
 そこはタントオリジナルで応用を効かせるしかない。

 タントは物陰に隠れて馬車の観察を開始した。

 馬車は全部で三台。
 一台目にはすでに人が乗り込んでいる。

「……御者と、あれは冒険者か?」

 幾人かの御者と、武装した男たち。
 リューンまでの道のりは遠く、交代で作業にあたるのだろう。
 潜り込む余地はなさそうだった。

「次は二台目か……。
 お、あれは……?」

 馬車の前に並んだ乗客の列に、目立つ風貌の少女がいた。
 不安げにキョロキョロと辺りを見回す少女。
 後ろで結わえられたオレンジっぽい髪の束がふわふわと揺れている。

 野に咲く花。
 そんな印象を抱かせる少女だった。

(すげえ美少女……ありゃあ同い年くらいかね。
 ――って、見惚れてる場合じゃねえ!)

 どうやた二台目には乗客たちが乗るようだった。
 紛れこめるかとも思ったが、一人ひとりしっかりとチェックを受けてから乗車している。

「と、なると……」

 タントは目標を見据える。

 三台目。
 乗客の荷物や夜営のための道具を積んでいるようだ。

(あれなら……いける!!)

 タントが目標を見定めたその時、おあつらえ向きに人が離れた。
 今しかない、そう思い少年は一気に荷台へ向かって駆け出す。

 厳しい剣の修行で培った瞬発力はタントを一陣の風へと変えた。

(ありがとう、師匠――!)

 胸中で礼を言いつつ、荷台へと跳び込む。
 ともかく、誰にも見つかることなくタントは荷台への侵入を果たした。

 中は雑然としていたが、食糧も水も十分あるようだった。
 あとは人が来た時にうまく身を隠せば、リューンまで行けるに違いない。

「肝心なのはその隠れ場所だけど……」

 タントは隠れ場所を探し、そしてそこで運命の出会いを遂げる。

「こ、これは……!」

 どうやら無賃乗車の神(そんなものがいるとすれば)は、タントに味方しているようだった。





 マクレガー夫人に振り下ろされた凶刃。
 しかし、それは彼女を傷つけることなく止まった。

 否、止められた。

「な、なんだてめぇ……!」

 振り下ろされた奴隷狩りの男の鉈を止めたもの。
 力強いフォルム、重厚な質感、それは圧倒的な存在感でそこにいた。

 クラリスはそれを見て思わずつぶやく。

「――た、樽……?」

 樽だった。

 木製の、樽が立っていた。

 まるで悪い冗談のように、四肢が生えた樽。
 その手が持つ一振りの剣が、鉈を弾き飛ばしたのだ。

「馬車が止まってるから何かと思えば、奴隷狩りたあ……危ねえとこだったな、婆さん」

 樽の中からくぐもった声が聞こえる。
 剣を持った樽――樽剣士は、マクレガー夫人を守ったようだった。

「あの、えと……ありがとうございま、す?」

 助けられたはずのマクレガー夫人だったが、樽剣士のあまりの怪しさに混乱していた。

「なんなんだよ、この樽は……!?」

「あんたがこいつらのボスか?
 ……もう半分ほどやられてるみたいだが。

 ――悪いことは言わねえ、大人しく引き下がれ」

 ピタリと剣先を向ける樽剣士。

「調子に乗ってんじゃねえ!お前らぁ、この樽をぶち壊せ!!」

 残った奴隷狩りたちが一斉に樽剣士に襲いかかる。

「オラァアアア!!」

 四方から一斉に樽に向かって獲物が襲いかかる。
 だが樽は、それに慌てる様子もなく悠然と剣を構える。

「オーケー、説得の余地はなさそうだな。
 まとめて掛かってきな、相手してやる」

樽剣士は男たちの得物を剣で捌きつつ、その巨躯でもって体当たりする。

「ぐへぁ」

「ごはぁ」

 当然だが、樽は重くて堅い。
 その樽でもって行われる体当たりは、男たちをおもちゃのように弾き飛ばしていく。

 クラリスは思う。
 それはまるで嵐のような樽だ、と。

 自分を抑えていた男の力が弱まっていることに気づいたクラリス。
 どうやら圧倒的な樽剣士の暴威に気を取られているらしい。

「……このぉ!」

「痛ッ!」

 魔術はもう使えない。
 隙を見つけたクラリスは、自らを押さえつける手に思いきり噛みついた。

 手を噛まれた男は、思わずクラリスを手放す。
 すぐさまクラリスは立ち上がり、乗客たちの方へと走る。

「クラリスちゃん!」

「マクレガーさん、怪我はない!?」

「わ、私は大丈夫。それよりもエリックと、ダニエルさんが……!」

 その言葉を受けて、クラリスは地面に横たわるエリックとダニエルの様子を確認する。

「……大丈夫!二人とも気を失っているだけみたい」

「それにしても、あの樽は一体……?」

 そうこうしているうちに、樽剣士の圧倒的な強さによって奴隷狩りたちはリーダー格の男を残して皆気絶させられていた。

「く、くそぉ……!
 魔術師といい、樽といい、今日はなんて日だ!」

「残るはあんた一人だ。どうする、大人しく捕まるか?」

 切っ先を奴隷狩りの男へ向けて構える樽。
 本人は凄んでいるつもりだろうが、いかんせん樽である。
 そのギャップによるコミカルさは相手を逆上させるだけだった。

「ふざけんじゃねえぞ、樽の分際で!
 てめえだけは絶対許さねえ!!」

「……分かった。あんたが望むってんなら、俺も剣士として相手してやるぜ」

 樽剣士はゆっくりと剣を構える。
 柄を顔の右横に、剣を立てて左足を前に出す。

 対する奴隷狩りも、鉈を構える。
 こちらは右手に持った鉈を胸まで引き、左手は距離を測るように前に。

 両者の位置はおよそ五m。
 それは正しく決闘の境界。

 ゴクリ。
 クラリスが唾を飲む。

「セァアアアアあああああああ!!」

「オラアアアアあああああああ!!」

 同時に踏み込んだ二人。
 先に武器を振り下ろしたのは、リーチに勝るはずの樽剣士ではなく、奴隷狩りの方だった。

 鉈が樽へ突き刺さり、樽を両断する。

 バキィィッ!!
 樽が割れ、その中身が露わになっていく。

(ほの、お……?)

 月光を受けて輝く髪は、クラリスの目には炎のように見えた。

 樽剣士の中身。
 それは炎と見まごうばかりの、鮮やかな赤髪を持つ少年だった。

 鉈が赤髪の少年の頬を掠め、血の線を描く。
 思わずクラリスは目を伏せるが、それは少年の狙いだった。

「……フッ!!」

 鉈の軌道を見切り紙一重で避ける。
 そして赤髪の少年は、剣の柄で奴隷狩りの側頭部を強打した。

「ガッ――!」

 ドサリ。
 男が倒れ、ここに決闘の勝敗が決した。

 月下、ただ一人立つ赤髪の剣士。

「ふぅ、まだまだ修行が足りないな」

 樽剣士――タント・アッカルドは頬の傷を親指で拭った。





 一台目の馬車と合流できたのは、それからしばらく後のことだった。
 吹き矢の毒で馬を暴走させられ、護衛の冒険者たちはそれを抑え込むのに全員駆り出されていたらしい。

 街道沿いは治安がいい、という情報の油断を突いた奴隷狩りたちの企みだった。

 企みに気づき慌てて戻ってきた冒険者たちが見たのは、全員漏れなく捕縛された奴隷狩りの一団と、見覚えのない赤髪の少年だった。

 乗客たちには姿を見られ、再び隠れる時間も場所もなかったタント。
 無賃乗車の件はすぐさま露呈したが、奴隷狩り捕縛の功績と必死の懇願と出世払いを合わせて、どうにか帳消しにしてもらうことができた。

 結果として死者は馬車の御者二人だった。
 決して少ない数ではないが、状況を考えればこの数で済んだことは僥倖と言えるだろう。
 捕縛された奴隷狩りたちはリューンに着き次第、騎士団に引き渡されることになった。

 護衛の冒険者たちは、田舎育ちの魔術師少女と無賃乗車の少年剣士の活躍に大層驚いた。
 だがそれ以上に、三日間もの間樽の中に潜伏し続けていたタントの、異常な忍耐力への呆れの方が強かった、というのはちょっとした笑い話だ。

 そして翌日。

「――痛ッ」

「ああもう、じっとしてて!男の子でしょ?」

 タントはクラリスたち乗客とともに、二台目の馬車に乗りリューンへと向かっていた。

「大丈夫だって、大げさなんだよ。
 こんな傷、唾つけとけば治るっての」

「だ~め、こういうのはちゃんと消毒しておかないと。
 後で痛い目見たって知らないんだからね」

 大きな不運に見舞われた乗客たちであったが、クラリスとタントの功績により大きな怪我はなかった。

 エリックとダニエルが気絶させられている間に突如現れたタントだったが、二人ともタントが命の恩人であったことを聞くと、すぐに打ち解けた。

「ハハッ、樽のにいちゃん弱えなぁ。
 クラリスねえちゃんの方が強いんじゃないの~?」

「うっせえ、エリック。樽じゃなくてタントだっての。
 お前にも唾をつけてやる。ペッ、ペッ」

「うわっ、きったねえ!やめろよ!」

 特にエリックに関しては、剣士であるタントがお気に入りのようだった。

「はい、おしまい!ちゃんと治りきるまでいじっちゃだめよ?」

 そしてクラリスは助けてもらった礼も兼ねて、タントの頬の傷を消毒していた。

「……さんきゅな」

「どういたしまして……ってダニエルさんはなんでニヤニヤしてるんですか」

「ハッハッハッ、なんでもありませんぞ。
 若さとはよいものだと思っていただけで。ねえ、ミセス・マクレガー」

「ええ、そうですねぇ。なんだか羨ましいわ」

 二人してニコニコとしている年長組。
 よくわからないが、クラリスは何となく居心地が悪くなった。

「おーい、そろそろ見えてきたぞー!」

 外から聞こえる声。
 タント、クラリス、エリックの三人は素早く反応した。
 三人並んで、馬車の入口から頭を突き出す。

「あれが……」

 そのつぶやきは誰のものだったか。
 三人の眼前に伸びる道、そのずっと先には遠くからでも彼らが今まで見たことのないような大きな街があった。

「交易都市、リューン……」

 あの街で、何が自分を待ち受けているのか。
 あの街で、自分は一体何を成すのだろうか。

 少年と少女は目を合わせる。

「ねえタントくん、私と約束しない?」

「約束?」

「うん。私はあの街で一人前の魔術師になる。
 それでもし、タントくんが私の力が必要になったとき、今度は私が助けてあげるの」

「……ははっ、いいなそれ。楽しみにしてるぜ」

「うん、約束ね!」

 クラリスはそういってタントの手を取り固く握手を交わした。






【あとがき】
まずは一話目、PC1タントとPC2クラリスの出会いの回です。
視点はPC2のクラリスからでしたが一応タントがリプレイ上では主役になる予定です。
カードワースのリプレイは昔からやってみたくて、というか一時期はここでやっていたのですが、実力不足他さまざまな理由により断念していました。
正直今回も公開できると思っていませんでしたが、なんとかやれるとこまでやっていきたいと思います。

PCの話。
t.png
 PCの画像はリプレイの先輩の(というか勝手に師匠だと思っている)周摩さんに描いていただいてます。かっけぇ。まじかっけぇ。
 タント・アッカルド 17歳の剣士です。
 性格はフリーダム、飄々としていて傍から見るとかなりぶっ飛んだ行為をすることも。
 また剣の師匠からの教えを大事にしており、特に決断が早く、重要な選択肢もほとんど迷わずに選びます。
 とある目的のために修行してるとか、過去にいろいろあるとか、その辺はいずれどこかで。

c.png
 クラリス・クレイン 17歳の魔術師です。
 性格は活発で人に優しい、でもいざというときはクールになって頼れるお姉さんです。
 作中でも描かれた通り、故郷の村から夢を叶えるために飛び出しました。
 魔術は攻撃的なものは今のところ一種類しか使えません。

著作権情報…
 「交易都市リューン」→斉藤 洋様「交易都市リューン」より。著作権はgroupAsk様にあります。
 「炎の矢」→飛魚様「武闘都市エラン」より。著作権は飛魚様にあります。
 PC画像→周摩様に描いていただきました。著作権は周摩様にあります。
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