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PC3:ホーク

 魔力を使い現象を成す、魔術。
 それはすなわち、神秘への接続権に他ならない。

 魔術は魔力を持たぬ者には扱えない。
 そしてその『権利』を有する者は決して多くない。
 時代・地域によって冷遇され忌避され、あるいは粛清されることもあった魔術師だったが、この魔術学連の影響下にある西欧諸国において、それは得難い能力として広く認められていた。

 魔術学連リューン支部、通称『賢者の塔』は多くの魔術師たちが所属している組織だ。

 ある者は魔術研究の場を欲して、ある者は一大勢力である学連の権力を頼って、ある者はただそこに居場所を求めて。
 所属する魔術師たちそれぞれに理由はあるだろうが、共通するのは彼らのほとんどが世間一般から見ればエリートであるということだ。

 翻って賢者の塔は、その選ばれたエリートたちの利権が渦巻く、伏魔殿でもあった。

(そう、だからこそ賢者の塔に入ることは魔術師にとって大きな意味を持つ。
 それはきっと、私の夢を叶えることにも)

 緊張で震える体を掻き抱く、橙色の髪の少女。
 賢者の塔に入るために田舎の村から出てきた魔術師見習い、クラリス・クレインだ。

 クラリスは賢者の塔にある一室の前に立っていた。
 そこはとある高名な魔術師が持つ部屋だった。

(ゴール・ベルフォード教授。

 先生の友人で、優れた念動魔術の使い手。
 この賢者の塔においては一部門を任された、数少ない称号持ち魔術師の一人……)

 クラリスの師の友人であるというベルフォード教授だったが、ただそれだけで入れるほど賢者の塔は甘くはない。
 師の紹介で得られたのは、ベルフォード教授の助手という枠の受験資格のみである。

(私の夢は、私の手で掴まなきゃ。
 先生は、私ならできるって思って送り出してくれたんだもん)

 故郷の村の先生の顔を思い出す。
 普段は優しくて、でも魔術のことになると途端に厳しくなる先生。
 何も持っていなかった田舎娘に、自信と夢を与えてくれた。
 彼女はクラリスが最も尊敬する人物だった。

 クラリスの目の前には、大きな扉がそびえたつ。
 歓迎しているのか拒否しているのか、寡黙な扉からは読み取れなかった。

 故郷の村人や先生。
 そして命の恩人である赤い髪の少年。
 クラリスはここに来るまでに世話になった人々の顔を思い出す。

(みんなのためにも、今日のベルフォード教授との初顔合わせは失敗するわけにはいかない)

「ッ…ふぅ……」

 深呼吸を一つして、気持ちを切り替える。
 意を決して、クラリスは扉をノックした。

「……入りなさい」

 扉越しに聞こえる、男の声。
 穏やかだか決して小さくはなく、むしろ力強さを感じさせるその声色は、クラリスの鼓動を速める。

「……失礼します」

 金属製の取っ手を必要以上に強く握りしめ、クラリスは扉を開く。

 部屋は思ったよりずっと広かった。
 壁はそのほとんどが棚で埋まっていた。
 そこに並ぶのは魔術書と思わしき本や見慣れない植物の標本、不思議な色の鉱石たち。
 部屋の中央には振り子が取り付けられており、天井からつるされた黄金の錘は不規則に床に刻まれた魔法陣の上を揺れ動いていた。
 それはクラリスが思い描く『魔術師の部屋』そのものだった。

 部屋の最奥にはオーク材と思われる大きな机が据えられており、そこには一人の男が座っていた。

 大きな男だった。

 身長は2メートルに近く、体型も魔術師らしからぬほどにしっかりとしている。
 年齢は50歳代ほど、頭は禿げ上がり、僅か残る髪の毛は白く染まっていた。
 その顔は厳めしく、大柄な体型も相まって、魔術師というよりは盗賊の頭を思わせた。

「君がクレイン君だね」

 厳めしい見た目に反した穏やかなしゃべり方だった。

「はい!エト村から来ましたクラリス・クレインと申します」

「ふむ、いい返事だ。マリアが手紙でいっていた通りだ」

 マリアというのは、クラリスの故郷の先生の名だった。
 男はその厳めしい顔で精一杯の笑顔を作る。

「私が、ゴール・ベルフォードだ。
 会えるのを楽しみにしていたよ、クレイン君」

「こちらこそ、お会いできて光栄です教授」

「ああ、そこにかけたまえ」

 教授が指を一つ鳴らすと、部屋の片隅から机と椅子が現れた。

(これが教授の【念動魔術】……)

 念動魔術。

 読んで字の如く、『念』じて物を『動』かす魔術だ。
 単純にして強力、そして応用範囲も膨大。
 多くの魔術の源流とも言われるそれは、多くの魔術師たちが習得している。
 クラリスも師が使っているのを見たことがあった。

(でも、先生の魔術よりもずっと洗練されてる。
 こんなに近くにいるのに、魔力のパルスをほとんど感じさせないなんて……)

 決して小さくはないはずの椅子に、教授は窮屈そうに腰をかける。
 滑稽にも見えるその姿と、いましがた見せられた高い魔術の実力。
 その不合こそが、むしろ教授の底知れなさを演出していた。

「マリアのやつは元気にしているかね?」

「は、はい。教授は先生のご友人だとか?」

「ああ。若いころに世話になったり、逆に世話をしてやったりした仲だ。
 今もたびたび手紙を交わしていてね、君のことも聞いてはいたんだ。
 住んでいる村に一人、優秀な魔術師見習いがいるとね」

「優秀だなんて、そんな……。
 先生にはいつも叱られてばかりでした」

「はは、彼女は自分にも他人にも厳しい人だったからね。
 しかしその彼女が見放さずに教え続けているということは、その分期待されているということだろうよ。

 一度は隠居し魔術の道を離れた彼女が、その技術を誰かに伝えようとしている、その事実こそが証拠だ。
 おっと、この辺の話はマリアから聞いているのかな?」

「いえ、初めて聞きました」

「そうか、ならば私が話すことでもないな」

 そこで教授は言葉を切り、いつの間にかテーブルの上に置かれた紅茶を一口飲んだ。

(見た目は怖そうだけど、穏やかでいい人みたい?
 掴みどころがない人だけど)

 クラリスも教授にならい、紅茶を一口飲んだ。
 おそらく高い茶葉を使って淹れられているだろうそれは、緊張するクラリスにとっては乾いた口を湿らせる程度の役割しかなかった。

「昔話や君の村の話をゆっくりしたいところだが、あいにくと時間がなくてな。
 ――そろそろ本題に移ろうか」

(来た……ッ!)

 クラリスは思わず唾を飲みこむ。

「……魔術学連、そしてその下部組織であるこの賢者の塔には権力主義が蔓延している」

 ゆっくりとしたベルフォード教授の語り口。
 何の話なのか、クラリスには教授の意図が分からなかった。

「魔術学連に限らず、組織の上に立つ者は変化を嫌い己の保身のみにばかり目が行く傾向がある。
 やがて保身は停滞へ変わり、停滞は退化へと至る。
 退化を始めた組織に未来はない。
 膿んで、腐って、死にゆくのみだ。
 だからこそ、変化を恐れてはならないのだ。

 この魔術学連でも同じこと。
 旧い権力主義を捨て去り、実力のある若い魔術師にこそ裾野を広げなければならないというのは、誰の目にも明らかだ。

 しかし残念ながら組織というものは、そういう『正しいこと』だけで回るわけではない。
 ……分かるかね?」

「はい、なんとなく」

「さて、前置きが長くなったが……。
 先日、カルバチアの魔術学連本部から、通達があってな。
 まったく忌々しいことに、私の助手を決めるにあたって条件を提示された。
 本来ならば助手一人、連中がかまうことではないのだが状況が…まあいい、それは今は重要ではない」

「条件、ですか?」

「ああ。
 『試験における有資格者は過去に実績ある者に限る』。
 これが連中の出してきた条件だ」

「実績……」

「君はマリアの下で魔術を学んだ。
 彼女は間違いなく優秀な魔術師だが、一度は野に下った身だ。
 学連は彼女の存在を認めてはいない。

 つまりマリアの弟子である君には、学連で通用するような実績はないということだ」

「それはつまり……」

「残念だが。
 現状、君が試験を受けることは不可能というわけだ」

 不可能。
 その言葉はクラリスの心へ深く突き刺さった。

 クラリスは目の前が真っ暗になるようだった。

「そん、な……」

 夢を叶えるために村を出てきた。
 そのために、村のみんながクラリスの背中を押してくれた。

(タントくん、ごめんね。約束、守れそうもないや……)

 膝の上に置いた拳を握りしめ、辛うじて涙をこらえるクラリス。

「まあ待て、そう結論を急ぐな」

「え?」

「現状では君は試験を受けられない。
 これは変えようもない事実だ。

 ただし『現状では』、な……」

 不可思議な物言いに、クラリスが教授の顔を見つめる。

「一つだけ、方法がある。
 困難な道かもしれないがやるかやらないかは君次第だ、クラリス・クレイン君」





 【紳士の祝杯亭】はリューンの北区にある冒険者宿だ。
 
 禿げ上がった頭がトレードマークのマスターとその娘が二人で切り盛りしている。

 カウンターの奥で片づけをするマスター。
 洗い物を片づけるその腕にはいくつかの古傷が見受けられる。

 元冒険者という経歴を持つ彼は、宿に所属する冒険者たちからは、『親父』と呼ばれ慕われていた。

「おーい、五番テーブルのお客様がおかえりのようだ。片づけを頼む」

 親父に声を掛けられたのはこの宿に一人のウェイトレス。
 愛嬌のある笑顔が売りの、親父の一人娘だ。

 『親父』という呼び名に倣ってか、いつの間にか『ムスメさん』という呼び名が定着していた。

「はーい!」

 元気に返事をするムスメ。
 クルクルと忙しく宿の中を動き回り、仕事をこなしていく。

 今日も【紳士の祝杯亭】は賑やかだった。

「はぁぁ……」

 大きなため息。
 賑やかな宿の中に一人だけ、見るからに陰鬱なオーラを出している少年がいた。

「おいホーク。もうあれから一週間だぞ?
 いつまでそうしているつもりだ。仕事に行け、仕事に」

 カウンターにうつぶせになっている少年に親父が声を掛けた。
 少年は身長こそ小さかったものの、鍛えられたしなやかな四肢を有している。
 青い髪は短く切り揃えられており、紫の瞳が据えられた顔はまだ幼さを感じさせた。

 彼はこの紳士の祝杯亭を常宿にしている冒険者だった。

 少年の名はホーク。

 リューンで活動するとある冒険者夫婦の一人息子だった。

 幼いころから両親に鍛えられていたホークは、十四という年齢で既に一人前の実力を持つ冒険者だ。
 父、母、ホークの三人家族で依頼を受け、『紳士の祝杯亭の冒険者家族』としてリューンでは有名だった。

「仕事はしたいけどさー、親父さん。
 よく見てみてよ、あの掲示板の依頼書たち。
 僕一人できるような仕事なんて一個もないじゃない?」

「むぅ。確かにそういわれればそうなんだがな。

 ……いや、簡単な仕事ならあるだろう?
 お使いやら配達やらだが、ここでグダグダしているよりははるかに有意義じゃないか?」

「ざ~んねん。
 自分を安売りするなっていうのが、僕の父親の遺言なの」

「ガキのくせに生意気な口を叩きおって……。
 ――って、こらこら勝手にうちの看板冒険者を殺すな。
 お前の父親は健在だろうが。
 今は長期の依頼に行っているだけだろう?」

 ホークの両親はとても優秀な冒険者だった。
 遠方からわざわざ名指しで依頼が来ることも珍しくなかった。

 一週間前のこと、ある南部の大貴族から彼ら二人に名指しの依頼が来た。
 それはかなり長期間に及ぶ依頼であることが窺えた。

『ホーク、お前はもう一人前だ。
 つーわけで、宿のことはお前に任せた。
 俺は依頼がてら南の方でマイスイートハニー嫁ちゃんとラブラブイチャイチャしてくる。一年くらいな!』

 ホークの父親はそう言い残し、ホークの母親を連れて颯爽と旅立っていった。
 何がひどいかといえば、彼はホークに銀貨一枚たりとも残していかなかったのだ。
 一人宿に残されたホークには、文字通り子供の小遣いほどの金銭しかなかった。

 両親が旅立っていった日、ホークは実の父親に殺意が湧いた。

「……まあ、お前の父親のあの自分勝手さは昔からだったからな。
 お前の母親もなんであんなのと結婚したのか」

「もういいよ、あのクソジジイの話は」

 はぁ、とまたホークは溜息をつく。

「とはいえ、仕事をしなかったら暮らしていけないのは事実だろう?」

「えっ、今暮らしていけてるけど?」

「それはワシがお前の宿代を立て替えてるからだ!」

 今度の溜息をつくのは親父の番だった。

「……ったく、自分勝手さは父親譲りかね」

「うっ、それを言われるとこっちも辛いんだけど。

 でも僕、純粋な戦士型だし?
 鍵開けとか解読とかできませんし?
 やっぱ一人じゃ限界あるんだよねー。
 ねえねえ親父さん、どっかに仲間になってくれそうな人いないかな?」

「んー、うちの奴らはだいたいもうパーティで固まってるからな、そう都合よく仲間なんて……
 あ、でも確かさっき……」

 そういうと親父は届いたばかりの依頼書の束に目を移した。

「え、なんだよ親父さん。
 なんか心当たりでもあるの?」

「ちょっと待ってろ、確かこの辺りに……お、あったあったこれだ。
 賢者の塔のお偉いさんからの依頼でな。見てみるか?」

 親父は依頼書の束から目的の一枚を取り出し、ホークへと渡した。

「どれどれ……

 ん?なにこれ?」

「どうだ、おもしろそうだろ?
 今のお前にはちょうどいい依頼なんじゃないか?」

 ホークは依頼書を読み進める。

「はー、これはこれは。
 報酬未定・期間未定・難易度も分からないって……
 これって依頼って言えるのかなぁ。

 ……でも、いいね。
 分からないことばっかで、おもしろそうじゃん」

 ホークは立ち上がる。

「受けるのか?」

「詳しい話を聞いてから、かな。
 さすがにこういうのは慎重にならないと。

 じゃ、行ってくるよ親父さん」

「おう、先方に失礼のないようにな」

「ははっ、誰に言ってんのさ。
 僕は素人じゃないってーの!」

 ホークは後ろ手に手を振りながら、そのまま宿を飛び出していった。





「冒険者、ですか……?」

「ああ。このリューンで、何の後ろ盾も持たない人間が実績を上げるならば、それが一番手っ取り早い」

 ベルフォード教授がクラリスに提案したこと、それは冒険者として名声を得るということだった。

 冒険者。
 さまざまな依頼を受けて報酬を得る、何でも屋である。
 交易都市リューンは冒険者の街としても有名だった。

「魔術師でありながらも冒険者となるものは存外に多い。
 魔術とはつまりは学問だが、冒険者ならば未知の知識に触れることも多いからな。

 君の希望進路は塔の調査員、だったな?」

「はい。それが私の夢なんです」

「それならば冒険者を経験することで役に立つスキルも身につくだろう。
 実際、塔の調査には冒険者が駆り出されることが少なくない」

 思いがけぬ提案に対し、クラリスは気持ちが追いつかない。
 自分が冒険者になることなど今まで微塵も考えたことがなかった。

「無論、危険もある。不安定な職業だし、社会的な地位も低い。
 成果を出せるのは一握りの人間だけだ。
 ……志半ばに死ぬこともある。

 君は女性で、しかも子供だ。
 ここで夢破れたとしても、まだまだ取り返しがつくはずだ。
 君はその夢に命を懸けられるのか、じっくり考えたほうがいい」

「――私、やります」

 クラリスは即答した。

 クラリスは自分が冒険者になることなど考えたこともなかった。
 しかしそれ以上に、夢を諦める自分の姿など考えることもできなかった。

 クラリスはベルフォード教授をまっすぐに見据える。

「……よいのかね?」

 ベルフォード教授は驚かなかった。
 クラリスがそう答えると確信していたかのようだった。

「はい、決心は村を出た時に済ませました。
 ここで諦められる夢なら、最初からここに立っていません。

 まだ見ぬ土地に立ち、まだ知らぬ知識を世界に知らしめる。
 それが私にとっての夢で、先生や村のみんなへの恩返しなんです。

 それに……」

 クラリスは自らの右手に視線を移す。
 その手は固く握りしめられていた。

 そこにあるのはひとつの約束。
 この街のどこかで頑張っている、命の恩人との誓い。

「約束しちゃったんです。
 必ず、一人前の魔術師になるって。
 だからこれくらいの試練、簡単に乗り越えなくちゃいけないんです」

 翡翠の瞳に宿る固い意志。
 何物にも縛られない自由な心。
 それらはまさに冒険者となるための第一条件だった。

「そうか……君はやはり、彼女の……」

「え?」

「いや、なんでもない。こちらの話だ。
 ともかく君は選択をした。
 選んだ道の先に何が待ち受けているのかは分からないが、私は君の壮途を祝福しよう」

「ありがとうございます、ベルフォード教授」

 まっすぐなクラリスの感謝に対して、頬を掻く教授。
 それもつかの間、教授はすぐに立ち上がった。

「さて、そうと決まれば早速準備に取り掛かるとしよう。
 実は既に手を打っていてな」

「も、もうですか?」

 有り得ないほどの手回しの速さに驚くクラリス。

「兵は拙速を尊び、学問は巧遅を重んずる。
 だが魔術師は違う。魔術師たるもの拙速でも巧遅でもいかん。
 常に未来を予測し、最適解を最速で実行してこそ一流だ。覚えておきたまえ」

 そういいながらまた紅茶を一口飲むベルフォード教授。

「私が断るとは思わなかったんですか?」

「私は君がその選択をすると確信していたよ。
 占星術に頼るまでもない、君はマリアの弟子だからな。
 ハハハ、君が村に帰ることを選んでいたら、私は危うく恥をかくところだったな。」

(よ、読めない人だ……)

 大きな体を揺らして暢気に声を出して笑うベルフォード教授に、クラリスは思わず苦笑する。

「ではな、クラリス・クレイン君。

 いざ旅立て若き蕾よ。
 願わくば、君の行く未来に幸多からんことを」





「君……じゃなくて、貴方が、【紳士の祝杯亭】の冒険者さん……?」

 クラリスは目の前に立つ少年に問いかける。

 ベルフォード教授が打った手。
 それは冒険者宿に『新人冒険者の教育』という名目で依頼を出すことだった。

 教授が選んだのは【紳士の祝杯亭】というリューン北区の冒険者宿だった。
 賢者の塔の正門に、その【紳士の祝杯亭】から依頼を受けた冒険者が迎えに来る手はずになっていた。

 クラリスにとって冒険者は馴染みの薄い存在だった。
 極稀に旅の冒険者が村に立ち寄ることがあったが、クラリスから見た彼らは遠い存在だった。
 見慣れぬ格好をし、聞き慣れぬ発音の言葉を話し、武器という非日常の象徴を携えて現れる冒険者達。

 厳つくで、武骨で、近寄りがたい。

 それがクラリスの抱く冒険者へのイメージだ。
 そんなわけで、クラリスは先輩冒険者となる【紳士の祝杯亭】の冒険者との邂逅に相当の緊張を強いられていた。

「そうとも、僕が【紳士の祝杯亭】のホークだよ。
 何か文句あるのかな、新人さん?」

 しかしクラリスの予想に反して、待ち合わせ場所に現れたのは青い髪の少年だった。

 【紳士の祝杯亭】の冒険者ホーク。
 小柄であるクラリスと同じくらいの背丈、あるいはさらに低いとも見えるその姿は、クラリスの持つ冒険者のイメージとは真逆だった。

「ご、ごめんなさい!そういうわけじゃない……んですけど、まさかこんなに幼……若い人だとは思わなくて……」

「ハハハ、お姉さん魔術師なのに嘘がつけない人なんだねー。
 いいよいいよ、気にしてないから。正直その手の反応は慣れてるしね。

 あ、敬語はいらないよ。
 多分僕の方が年下だろうし」

 慌てて謝るクラリスだったが、ホークは気にも留めていない様子だった。

「えっと……ホーク、くん。
 ホークくんって歳はいくつなの?」

「先月で十四、だけど?
 大丈夫、こう見えて冒険者としてはベテランだよ。
 この業界じゃ僕みたいな子供は珍しくなくてね。
 それに僕からしてみれば、お姉さんこそ冒険者って感じじゃなさそうだけど?」

 値踏みするような不躾なホークの視線に、クラリスは怯む。

 それも無理はない。
 何せクラリスが冒険者になることを決めたのは、つい数時間前のことなのだから。

 覚悟は十分のつもりだったが、実感が伴わない。
 自分が向いていないかもしれない、と思うのはクラリスも同様だった。

「確かに、僕らの世界じゃ魔術師って人種は重宝される。
 彼らが居れば仕事の幅が広がるし、パーティの信用度も増すからね。

 でもそれは、魔術師がみんな冒険者になれるって話じゃない。
 綺麗な仕事ばかりじゃないからね。
 地面で寝ることもあるし、自由に食事できないときもある。
 もちろん荒事だって避けられない。

 そういうの、お姉さんにできる?」

 年下とは思えないようなホークの物言い。
 しかしホークの質問は正鵠を射ていた。

「正直まだ分からない。
 でも、どうしても叶えたい夢があるの。
 そのためには、私は立派な冒険者にならなきゃならない。

 私は夢を叶える為に、ホークくんの力を借りたいな。
 ……ごめんね、これじゃ答えになってないかしら」

 真っ直ぐにホークを見つめるクラリス。

「夢、か……」

 幼いころから冒険者をやっていたホークは、多くの若者たちが夢破れて去っていくのを見てきた。

 どうして、人は夢を持つのか。
 どうして、夢に命を懸けるのか。

 父はホークに「夢は、未来とかいう不定形の海に、点々と揺れ浮かんでる道しるべ」と答えた。
 母はホークに「夢は、遠いのに眩しい、夜空に浮かぶ星のようなもの」と答えた。
 宿の親父はホークに「夢は、命という火が放つ、熱とか光のようなもの」と答えた。

 どれもホークには分からなかった。

(でも……)

 今、ホークはその答えの欠片をクラリスの瞳の中に見つけたような気がした。

「分かった。その依頼、確かにこのホークが受けた。

 期間はお姉さんが一人前になるまで。
 報酬は……まあ、出世払いで?

 で、魔術師のお姉さん。
 名前、教えてくれる?」

 ホークはクラリスに手を差し出す。
 クラリスは先日の約束を思い出して、少し笑った。

「クラリス・クレインよ。
 よろしくね、ホークくん!」

 ホークの手を強く握り返すクラリス。

 こうして、若き魔術師は幼き戦士に連れられ、冒険者の道へと誘われた。






【あとがき】
 「ベル」という名前はこの界隈では多いそうで、可愛い感じのキャラクターが多い。
 そんな中、満を持してうちのベル登場です。
 うちのベルちゃん、ハゲたデブのおっさんです。
 こうみえてかなりの実力者。冒険者のレベルに直すならばレベル7、8くらいでしょうか。
 いつかまた登場するやもしれません。

 ……っと脇役の解説は置いておいて、三人目のメンバー・冒険者ホークの登場です。
h.png
 ホーク 14歳にして既にそこそこ経験のある冒険者で、槍使いです。
 性格はしっかりものですが生意気。自信家です。
 父親がちゃらんぽらん(しかし紳士の祝杯亭の看板冒険者)であるため生まれ持っての苦労人です。
 幼いころから共に育ったムスメとは姉弟のような関係です。
 ちなみに呼び方・・・実の父親をジジイと呼び、宿の亭主を親父さんと呼んでいるという。

著作権情報…
 「交易都市リューン」→斉藤 洋様「交易都市リューン」より。著作権はgroupAsk様にあります。
 「カルバチア」→倉貫様「墓守の苦悩」より。著作権はgroupAsk様にあります。
 PC画像→周摩様に描いていただきました。著作権は周摩様にあります。
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