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パーティ結成

 夕刻のリューンは浮ついていた。
 街中は仕事終わりの者や、今から仕事が始まる者たちが入り交じっている。
 昼の世界と夜の世界の分水嶺。
 空はそれを体現するかのように今日も見事な茜色だった。

 その落ち着かないリューンの大通り。
 長い影を二つ並べて歩く、少年少女の姿があった。

「……だいたいこんな所かな、冒険者に関係のありそうな店は。
 大丈夫?クラリス。疲れてない?」

「うん、大丈夫よ。
 ありがとうね、ホークくん。わざわざ街の案内までさせちゃって」

「いいのいいの、どうせ今日はいい依頼なかったし。
 それにクラリスが一人前の冒険者になるまでは、一応クラリスは僕の依頼人さんだからね」

 昨日【紳士の祝杯亭】で冒険者登録を行ったクラリス。
 今日はホークに街の案内をしてもらっていた。

「それにしても、大きな街なのねリューンって。
 私、こんなに建物が並んでいるのも人が大勢いるのも見たことない」

 街を見渡すクラリス。
 田舎の村から出てきたクラリスにとって、リューンの街並みは異世界と言っていいほどのものだった。

「そりゃあリューンは中央行路の要所だからね。
 クラリスもリューンに来るときに通ったんじゃない?」

「ああ、そういえばそうね。
 あの時はいろいろ大変だったけど……」

「……?」

 クラリスは旅路での出来事を思い出して苦笑した。
 事情を知らないホークは首を傾げた。

 街の要所は回り終えた。
 夕飯時ということもあり、二人は帰路に就く。
 大通りから角を曲がり、【紳士の祝杯亭】へ向かう。

「そういえば」

 歩きながら、口を開いたのはクラリスだった。

「昨日親父さんに聞いたんだけど、一人で依頼を受ける冒険者って少ないの?
 何人かでチームを組む場合が多いって」

「そうだね。実際僕も、組む人いなくてしばらく休業してたし。
 冒険者の集まり――パーティっていうんだけどね。
 親父さん曰く、小隊制と分業制が合わさってできたもの、だって」

「パーティは小隊制と分業制……。
 なるほどなるほど」

 クラリスは頻りに頷く。
 冒険者としての知識の薄い彼女は、ホークの話を聞き逃すまいと耳を傾ける。

「本当にすごい人なら、一人でなんでもやっちゃえるけど、駆け出しのうちはパーティ組むのが普通なんだ。
 五、六人で組むのがスタンダードなんだけど、うちの宿には余ってる人がいないからさー。
 依頼人もパーティ単位で依頼を出すことが多いから、できればいずれ揃えたいね。

 ま、しばらくは僕ら二人でできる依頼を探さないとねー」

「ちなみにそのパーティのメンバーっていうのはどういう風に分業してるの?」

「うーん、一概には言えないけど。
 冒険者の四要素っていうのがあってね?

 まずは『戦士』だけど……」

 宿へと向かう道中、冒険者についてのレクチャーを行う。
 昨日の夜――クラリスが初めて【紳士の祝杯亭】を訪れてから、合間合間の時間はずっとこの調子だった。

 クラリスは魔術師という職業柄か、知識に対して貪欲だった。
 ホークや親父の話を興味深げに聞きどんどん吸収していく。
 そのひたむきさは新人に厳しいという親父も舌を巻くほどだった。

 一方のホークも、自分の知識をクラリスに伝えることに喜びを感じていた。
 幼いころから冒険者として育てられたホークだったが、後輩ができるのは初めてのことだった。
 親父やムスメから信用されつつも、どこかで子ども扱いされているホークにとって、クラリスという年上の生徒の存在は新鮮なものだった。

「――っていうのが一般的なパーティの構成だね。
 もし僕らが組むとするなら、怪我の治療ができる人か専門的な技能を持った人かな。
 何か質問は……」

 ホークが一通りの説明を終えたその時――、

「君たち、ちょっと待ちたまえ」

 後ろから呼び止められる。

 二人が振り向けば、そこに立っていたのは一人の男だった。
 年は四十前後、整った身なりの紳士風の男だった。

「すまないね、話が聞こえてきてしまったものだから。
 君たち、冒険者だろう?それも見たところ駆け出し、というところかな?」

「まあ当たらずとも遠からずって感じだけど……。
 誰?おじさん」

 ホークはいきなり話しかけてきた男を怪しむ。

「おっと私としたことが申し遅れてしまったな。
 私はジョン・ベイカーという。
 実は私も冒険者でね。と言っても、先月までの話なのだが」

 ジョン・ベイカーと名乗る男の話はこうだった。

 彼はリューンで長く冒険者をしていた。
 目立たないが堅実な仕事を好んでいた彼だったが、ある時依頼で外国の貴族に出会った。
 その貴族に気に入られ、お抱えの剣士として雇われないかと提案された。
 後ろ盾を持たない冒険者にとってそれはつまり大抜擢である。
 男は二つ返事で了承し、今は自分がいた冒険者宿に挨拶に来ているところだ。

「……というわけで、昔の商売道具の処分に困っているんだ。
 思い出のあるもので、捨てるには忍びなくてな。

 これも何かの縁だ。もしよかったら、君たちの様な若者たちに使ってもらいたいのだがどうだろうか?」

 ジョンは良く回る口で自分のサクセスストーリーを語り上げた。
 ホークは、なるほどこれならば貴族に気に入られるのも分からなくはない、と思った。
 一方クラリスはいきなり降ってわいた幸運に戸惑っていた。

「この後時間はあるか?
 嵩張る物は後で宿の方へ届けるが、ロープや火打石などはすぐに渡せると思う」

「え、今からすぐですか?」

「何遠慮してるのさクラリス。
 いい話じゃない。こんなことめったにないよ。
 どこの宿も最初の装備は先輩冒険者からのおさがりが多いんだよ?」

 一瞬迷うクラリス。
 見ず知らずの人から物を貰うというのは、根っからの田舎者の彼女にとって奇妙な感覚だった。

(都会ではよくあることなのかしら?
 そもそもエト村じゃ知らない人なんていなかったし……)

「ホークくんがそういうなら……。
 分かりました、お願いしてもいいですか?」

「ああ、付いてきたまえ。若き旅人達」

 ジョン・ベイカーは夕日を背にニヤリと笑った。





 ジョン・ベイカーに連れられて、二人は彼の使っていた冒険者宿へ向かっていた。
 それは【紳士の祝杯亭】からも遠くない、【海底のモグラ亭】という宿だった。

「【海底のモグラ亭】?
 僕、そんなの聞いたことないけどなぁ」

「ハハ、小さい宿だからね。
 でも私の使っていた道具はちゃんとしたものだ、心配はいらないよ。

 そちらのお嬢さんは見たところ魔術師だろう?
 確か、魔術品なんかも残していたはずだ」

「え、どうして私が魔術師だと?」

「格好を見れば分かる。
 これでも長く冒険者業界にいたからな。

 さあ、着いた。この奥だ」

 三人が辿り着いたのは細い路地。
 その建物と建物の間に作られた小さな隙間だった。

「ここ、ですか……?」

 クラリスが目の前の隙間を見て固まる。
 確かに人が通るには十分な幅があるが、すぐ奥は影になっており闇に包まれて見えない。
 夕刻という時間を考慮しても、踏み込むには勇気のいる設計だった。

「モグラというだけはあるだろう?
 この奥に扉があってそこから入るんだ。
 亭主の趣味だというんだが、結局最後まで私にはその趣味は理解できなかったがね。

 さあ、入りたまえ」

「へえ、面白いね。
 確かに、こんなところにあるんじゃ僕が知らないのも無理ないや」

 横に並ぶほどの隙間はなく、ジョンに促されたホークとクラリスは先に入る。

 ジョンの言うとおり、確かに奥に扉があった。
 ホークが扉を開け、三人はそのまま中へと入る。

 扉の中は思ったよりも広い空間だった。
 大きな部屋は冒険者の宿というよりも倉庫やホールのようだった。

 窓ガラスは割れて散らばり、並べられたテーブルはほとんどが用を為さず傾き、辺りには酒瓶やチェスなどの娯楽品が散乱している。
 壁はひび割れ、かつてそこに掛かっていたであろう旗は焦げた切れ端が残されただけだ。

 そこは廃墟だった。

「あの、ベイカーさん?
 これは一体……?」

 クラリスが辺りを見て茫然とする。
 ホークもまた、状況が読めない。

 ガチャリ。

 背後で聞こえた音に、すぐさまクラリスは振り向く。

 それは施錠音。
 そこに立っていたのは、ジョン・ベイカーと名乗った男。

 閉じ込められた。
 クラリスの背に怖気が走る。

「ベイカーさん……!?」

 ジョン・ベイカーは先程までの笑顔を顔に張り付けたまま上着のボタンを緩める。

「なっ……!?」

 そして鉄の殺意が開帳される。
 広がるは刃の森、あるいは鏃の嵐。
 ――そこに並んでいたのは、夥しい数の武器だった。

「やばっ……!?
 逃げるよ、クラリス!!」

「きゃっ……!」

 一瞬の判断が生死を分けた。
 ホークはクラリスを引っ張り、倒れていたテーブルの天板裏へと転がり込む。

 カカカカカッ!!

 あまりにも軽すぎる殺意の音が辺りに響く。
 ホークの動きに僅か遅れて、クラリスとホークが立っていた場所に軽快な音を立てて特殊な形のナイフが何本も突き立つ。

(見えなかった!?それに風切り音も……。
 この薄暗い場所のせいか――!!)

「ほう、反応だけは上々のようだ。
 だが、こんなにも容易く引っかかってくれるとはな。
 子供と言えども冒険者……と思って警戒していたのだがね。

 おっと、動かないでくれよ少年。
 知ってるよ、君は確か――槍使いだったね?武器がない今、迂闊な真似はよしたまえ」

 投げナイフ。
 それもかなり練度が高い。
 さらに言えば使っている道具も一流の物だろう。

 迂闊に顔を出しては危険だと判断し、ホークはクラリスに目配せをする。

「何なんだよあんた!
 どうしてこんなこと――」

 ホークがテーブル越しに男へ叫ぶ。
 だが、警告とばかりにテーブルへナイフが二本投げられる。
 ナイフは中ほどまで突き刺さり、尖端はテーブルを貫通していた。

(やっぱり、ほとんどノーモーションで飛んでくる。しかも威力も高い。
 こんなの一発でも喰らったら終わる――)

「ホークくん、その頬……!」

「え?ああ、大丈夫。かすり傷だよ」

 ホークはクラリスに指摘されて気づいた。
 逃げるときにどうやらナイフが頬を掠めたらしい。

 自覚した後に、ようやく痛みがやってくる。
 相手に傷を負わせたことさえも気づかせないほどの隠密武器。
 ホークは男の技の危険度に戦慄した。

「君達は騙された、ということだ。
 それにしても物に釣られてノコノコと誘いになるなど、冒険者のやることではないよ少年。
 まあ、実を言うと私は、冒険者などやったことはないのだがね」

 ジョン・ベイカーは手元でナイフを弄ぶ。

「やっぱり――。
 ……狙いは私、でしょ?」

 思考を巡らせていたクラリスが、頭を出さないように男へ声をかける。

「ほお、どうしてそう思うかね?」

 クラリスにはジョン・ベイカーの顔は見えなかったが、その声は楽しんでいるようだった。

「そもそも貴方の態度は最初から変だった。
 これから貴族のお抱えの剣士になるって言ってたのに剣を持っていなかったのもそう。

 それにさっき貴方は、私の格好を見て魔術師だろうって言ったわよね?
 でも一体、私の何を見て判断したっていうの?
 私の魔術媒体は杖や箒みたいに見て分かるものじゃない。

 でも貴方は確信を持って魔術師だと言った。
 つまり貴方は、以前から私のことを知っていたということ」

「ふふふ、なるほど頭は回るようだ。
 そこまで考えが及ぶのであれば、不審に思った段階で逃げるか、私に攻撃すればよかったものを。

 躊躇、不安、恐怖、判断の遅延。
 殺意を鈍らせるものは必然、己の命へ突き付けられる刃と成り得る。

 覚えておきたまえ、
 ――それらはこの世界では、『弱さ』と呼ぶのだよ」

「…ッ……!」

 クラリスは悔しさに歯を食いしばる。

「貴方の狙いは私でしょ?
 ホークくんは関係ない。解放してあげて」

「な、何言ってんのさクラリス!
 元はと言えば僕があんな誘いに乗らなければ――!」

「まあ待て少年少女、慌てないでゆっくり状況を整理したまえよ。

 そうだな……今度はもっと具体的な私の目的について。
 どうだ、推察できるかね?」

 ジョン・ベイカーは動きを見せない。
 だがそれは余裕を演じているわけではない。

 男はプロで、そしてクラリスの持つ魔術の危険性を十分理解している。
 もし詠唱の切れ端でも唱えようものなら、すぐさまクラリスの体にはあの黒い特殊なナイフが突き立つことだろう。

「私がこの街に来て一週間も経っていない。
 思い当たる件なんて一つしかないわ……。

 貴方、あの奴隷狩り達の仲間でしょう?
 目的は……復讐かしら?」

「明察結構!
 なるほど確かに私の部下達を退けるだけある。
 だが復讐……復讐というのは正確ではないね。

 私はね、この街の盗賊ギルドの人間なんだ。
 もちろんジョン・ベイカーというのは偽名だよ」

「嘘だよそんなの!盗賊ギルドは裏社会の秩序を守る物だ。
 それが公然と奴隷狩りなんてしてるわけない」

 クラリスの代わりにホークが答える。
 冒険者であるホークにとって、盗賊ギルドは多少なりとも面識のある組織だった。

「そうだ、盗賊ギルドは奴隷狩りには関係していない。
 私の独断でやっていたことだからね。
 つまりはそう、背信行為というやつだ」

 あっさりと男は答えた。

「いい資金集めの方法だったのだが、君に……正確には君とそこにいたという謎の男に潰されてしまった。
 あいつらは頭の悪い連中だ。私に忠誠心があるわけでもない。
 遠からず私の副業は露呈し、私には盗賊ギルドから追手がかかることだろう」

 ジョン・ベイカーは愉快そうに笑う。
 それはまるで赤の他人の失敗談を話しているかのようだった。

(そういえばタントくんは乗客リストに載ってないし、奴隷狩り達に顔を見られてもない。
 だから顔も名前も分からないんだ)

「私はこの街を出る。だがその前に、けじめはつけなくてはな。
 裏社会で生きていく以上、嘗められっぱなしではいられないのでね。

 さあ、クラリス・クレイン。答えたまえ、その男はどこにいるのかを。
 分かっていると思うが、他の乗客たちの目星もついている。
 情報を聞き出さないうちは殺されないなどと、甘いことは考えぬことだ」

 立て続けに三発、黒き刃が空を疾走しテーブルへ突き刺さる。

(まずい……!このままじゃテーブルが壊れる……!!)

 テーブルに亀裂が走る。
 もしテーブルが破壊されれば、クラリス達と男とを隔てるものは無くなり、いい的になってしまう。

「そういえばそこの少年には私の目的をすべて聞かれてしまったねえ。
 うっかりしていたよ、これで彼だけ逃がすという選択肢はなくなった。
 さあ、仲良く死にたまえ……!!」

「絶対わざとだろ、この大道芸人野郎……!」

 馬鹿にしたような態度の男に、ホークは悪態をつく。

(でもこの男の実力は本物だ……。
 クソッ、せめて槍を持ってきてれば……!)

「……今度からは仕事じゃなくても持ち歩くようにしよう」

「え、何?ホークくん」

「いや、なんでもない。こっちの話。

 クラリス、今の僕らじゃあいつには勝てない。
 このままじゃ僕ら二人ともやられちゃう」

「でも、ここであいつを倒さないと他のみんなが!」

 クラリスの脳裏に浮かぶ、あの馬車に乗っていた人々の顔。
 商人のダニエルにマクレガー夫人、エリック少年。
 一人たりとも危険に晒すわけにはいかない。

「そんなこと言ってる場合かよ!
 冒険者は命あっての物種だよ。危険は冒すけどちゃんと宿に帰ってくるのが冒険者なんだ」

「私に考えがある……!」

 クラリスの瞳に炎が灯る。
 命の危機にあって、彼女の意志は折れていなかった。

「あの男は許しちゃいけない。
 冒険者ならなおさら、リスクも負わず人の命を搾取して肥えるあの男は許しちゃいけないはずだよ……!
 お願い、協力してホークくん」

「クラリス……!」

 ザク!ザク!

 さらに二発。
 亀裂はさらに広がる。
 テーブルはもはや砕けかけていた。
 迷っている時間はない。

「――分かった、僕は何をすればいい?」





 クラリスの作戦を聞いたホーク。

(正直、成功率は五割以下。
 分の良い賭けとは言えない。
 でも、命を懸けて成功を引き寄せてこそ冒険者だよね……!)

 ホークは一呼吸して覚悟を決める。
 決断した以上はもう迷わない、それがプロの冒険者としてのホークのプライドだ。

「オーケー、じゃあテーブルが完全に壊れた時が合図だ。
 後ろは頼むよ、クラリス!」

 クラリスは無言で頷く。
 右手に革の手袋を嵌め、その時を待つ。

 そして決闘の合図のように、決まり手の一撃がテーブルへ打ち込まれる。

 バキィ!!

 テーブルが真っ二つに破壊される。
 それと同時、最初に動いたのはクラリスだった。
 壊れたテーブルの影を跳び出し、男の姿を見据える。
 そしてそれに僅か遅れて、テーブルの反対側から跳び出したホークが男の方へと駆け出した。

 その姿を見て黒刃の射手は思考する。

(諦めずに向かってくるその意気や良し……!

 だが判断は月並みだ。
 やはり少年が前衛となり時間を稼いで、魔術師が魔術で遠距離攻撃する作戦か……!

 それは悪手だったな若人達よ。先に少年の方を仕留めてから魔術師を狙ってもなお、術の完成より私のナイフの方が速い――)

 男は勝利を確信する。

「――ッ!!?」

 しかし、その確信はすぐさま不意の衝撃に掻き消される。
 男は目の前が真っ白になり、ホークの姿を見失う。

「何が――ッ」

「おりゃあアアア!!」

 ホークは思いきり男の腹へと蹴りを食らわせる。

「グッ……ハァ!!」

 男は何が起きたのか理解できないまま倒れる。
 ホークはそれを上から抑えこみ、間髪入れずに男の懐から奪ったナイフを男の両腕に突き立てた。

「ヌゥ…ッ……!!」

 男は苦悶の表情を浮かべる。

「ハァ……ハァ……。
 形勢逆転だね。これでもう、投げナイフは使えない」

 馬乗りになって男を抑え込むホーク。
 先程の反対側の頬に、一条の新たな傷が刻まれていた。
 しかしそれ以外に大きな怪我はない。
 クラリスとホークは賭けに打ち勝ったのだ。

「……馬鹿な!何が起きた!
 私は間違いなく勝っていたはず――!」

「いいえ、貴方の負けよ」

 クラリスがホークに歩み寄る。

「確かに、貴方のナイフ一流だった。
 正確で強力、そして何より圧倒的に速かった。
 それこそ、ホークくんが踏み込むよりも、私が呪文を唱えるよりも」

「ならば、何故……!?」

「これよ」

 クラリスが握っていたのは床に落ちていたチェスの駒だった。

「魔術師だからって魔術を使うとは限らない。
 威力はともかく、牽制だけなら投擲は呪文よりずっと速く攻撃ができる。
 その黒いナイフを避けにくくするためにこの薄暗い場所を選んだんでしょうけど、失策だったわね。
 薄闇の中に、この黒のポーンはうまく紛れてくれたわ。

 迫ってきたホークくんに気を取られ、貴方に先んじて私にこれを投げる隙を作らせた。
 それが貴方の敗因よ。

 ……正直、顔のど真ん中にぶつける自信はなかったんだけど」

「そんなもので、私を……」

 男は絶望の表情を浮かべる。
 自らの技能を過信して、相手の手札を見誤った。

 言い訳のしようもない敗北だった。

「まさにチェックメイトってわけだ。
 それにしてもさすがだね、クラリス。
 今の投擲なら盗賊もできちゃうんじゃない?」

「アハハー。
 顔に当たったのは完全にまぐれだったけどね」

 クラリスは恥ずかしそうに頬を掻く。

「で、これからどうする?
 この男、治安隊に引き渡す?」

 ホークが男の武器を奪いながらクラリスに尋ねる。
 上着のポケットに供えられた黒塗りの投げナイフはかなりの本数で、全部合わせたら五〇本近くにまで登りそうだった。

「ま、待ってくれよ冒険者達。
 私をこのまま引き渡してもいいのか?」

「どういう意味?」

 クラリスの問いに、男は不敵な笑みを浮かべる。

「私の部下があの奴隷狩り達だけとでも……?
 先ほど言ったように、我々はあの馬車に乗っていた乗客の身元を掴んでいる。
 私が帰ってこない場合は、さて、彼らはどういう行動に出るだろうかね……?」

「何ですって……!?」

「私を解放してくれるならば、君とそのお友達の安全は保障しよう。
 私はすぐに街を離れる。もうリューンに帰ってくることもあるまい。

 どうだ、魔術師。どうするのが賢者の選択か、君には分かるだろう……?」

「くっ……!」

 男の話が本当である確証はない。
 しかし、はったりであると断じることもできない。
 勝負に負けてなお悪意を捨てないその精神性は、犯罪組織のトップに相応しいものだった。

 ――だが哀れ、男の虚勢はすぐに消え去ることとなる。

 ガシャン。
 まるで男の人生の終わりを告げる鐘ように、扉にかけられて鍵が解放される。

「無駄だ。貴様の部下は全員捕えられた。
 貴様にはもう再起の芽はない」

 入口の扉が開け放たれる。
 日は既に落ち、外は夜の帳に包まれている。
 そしてその黒を背負って立っていたのは、宵闇に星光を穿つ銀髪の男――。

「誰……?」

 クラリスは突如乱入してきた銀髪の男を見る。

 身長が高く体格はやや細身、そして舞台役者の如く整った顔つき。
 表情は冷たく研ぎ澄まされ、油断なくこちらを見ていた。

「お、お前は……!
 刺青のところの……!」

 未だホークに組み伏せられている凶手は、銀髪の男の姿を見て表情を歪める。

「うまくやっていたつもりだろうが、これで終わりだ。
 盗賊ギルドは既に貴様の背信行為の証拠をすべて掴んでいる」

「ク、ク、クハハハハハ!!
 まったく、何もかも台無しだ!!

 ……随分早かったな。
 なるほど刺青の子飼いは優秀と見える。
 君のような人間が私の部下ならば、私がこうして這いつくばることもなかったろうに」

「ふん、それは今となっては意味のない仮定だ。
 ……君たちは【紳士の祝杯亭】の冒険者だな?
 俺は盗賊ギルドの人間だ。
 今回はうちの者が迷惑をかけたようだな」

 盗賊ギルドのエージェント。
 ホークもクラリスもすぐにそれを理解した。

「そ、それよりさっきの話って……!?」

「ああ、今の話は聞かせてもらった。
 この男の部下はすべて捕縛、あるいは懐柔された。
 君の友達に危害が及ぶことはない。
 盗賊ギルドの名において、それは確約しよう」

「よかったぁ……!」

 クラリスは思わず座り込む。
 先ほどまでの緊張の糸が切れてしまったようだった。

「俺の任務はその男の身柄を回収することだ。
 その男の処分については、我々に任せてもらえないだろうか」

「こいつを受け渡すのはいいけどさ、なんでお兄さん僕達のこと知ってるわけ?」

 ホークは【紳士の祝杯亭】の名を出されたことに警戒していた。

「俺がこの場所を特定できたのは【紳士の祝杯亭】のマスターのおかげだ。
 この男を追っている段階で、この男の狙いが奴隷狩り達を捕まえた魔術師だということは分かっていた。
 だがその魔術師がなかなか特定できないでいた」

「奴隷狩りの話、この街に来てから誰にもしてなかったから……。
 でもそういえば、冒険者登録の時に親父さんに話したかも……?」

 クラリスは一日前の出来事を思い出す。

「ああ、その通りだ。実はうちの上司は【紳士の祝杯亭】の常連でな。
 話を聞いたうちの上司が、魔術師の正体が【紳士の祝杯亭】の冒険者だと気づいた。
 そして俺は、君の目撃情報を元にこの場所に辿り着くことができたというわけだ」

「なるほどねー。
 親父さんなら盗賊ギルドと関係しててもおかしくないしね」

 ホークは妙に納得させられた。
 あの親父はホークも知らないところでいろいろなパイプを持っているのだった。

 その後、凶手の身柄は銀髪のギルド員の手に委ねられた。
 クラリスはそっと胸を撫で下ろし、一方でホークは簡単に相手の誘いに乗った自分の迂闊さを今更ながらに反省していた。

 ともあれ、こうしてクラリスとホークは、初めての戦闘を勝利で終えることができたのだった。





 クラリス達が帰路に着く頃には、時計の針は七時を指していた。
 夜の【紳士の祝杯亭】は客に溢れており、親父もムスメも引っ切り無しに動き回っていた。

 その一角、一つのテーブルを囲む五人の若者たちがいた。

「――で、なんでタントくんがここに……!?」

「そりゃこっちの台詞だっての。
 賢者の塔に行くんじゃなかったのか、クラリス」

 帰宅早々、クラリスはちょっとした運命の出会いをしていた。

 タント・アッカルドとクラリス・クレイン。
 リューンに来る前に出会い、リューンに着いて別れた彼ら。
 もしかしたら街中で会うこともあるだろうと思っていたが、まさか同じ場所で暮らすことになっていたとは思ってもいなかった。

「まさか知り合いがいる宿だったとは……」

 ユーフェは思わぬ人間関係のつながりを驚いていた。

 タント、ユーフェ、プリムラ、クラリス、ホークの五人。
 ホークとプリムラは顔見知りであり、タントとクラリスも以前からの知り合いだった。
 お互いの簡単な自己紹介を終えた後、自然五人は同じテーブルで夕食を共にすることになった。

「こんなこともあるんだねー。
 あ、ユーフェちゃんだっけ?
 僕はホーク、よろしくね。

 ……っていうかそれより、僕としてはプリムラが冒険者始めるってことの方がびっくりなんだけど」

 ホークがプリムラの方を見る。
 しばらく休業していたホークと自称家事手伝い見習いのプリムラは、宿の中で顔を合わせることも多かった。

「あははー、わたしもびっくりッスー。
 タントさんにぃ、情熱的にぃ、口説かれちゃってぇ?」

 プリムラはわざとらしく頬を抑える。

「情熱的……!?」

 それを見たクラリスは、タントとプリムラを交互に見やる。
 クラリスの脳裏に様々な妄想が繰り広げられる。

 そんなクラリスを見て、ユーフェは苦笑いを浮かべる。

「あー、嘘ですよクレインさん。
 プリムラさんも、絶妙に分かりにくい冗談はやめてください」

「な、なーんだびっくりしちゃった。
 ユーフェちゃん、って呼んでいいかな?
 私のことはクラリスでいいわよ」

「構いません。
 では、クラリスさん、と。

 ……で、クラリスさんはタントさんとはどういう関係なのですか?」

 ユーフェは眼鏡をきらりと光らせて、クラリスに質問する。

「か、関係って……」

「わたしも気になるッスー!
 お二人はどこでどんなふうに出会ったッスかー?」

「あー、まあそんな大した話じゃねえんだが……」

 タントはクラリスとの出会いの話を言って聞かせる。

 リューンに来るときに同じ馬車に乗っていたこと。
 その馬車が奴隷狩りの組織に襲われたこと。
 クラリスとタントの手によって乗客達は助かったということ。

 話し終わった時に一番受けがよかったのはホークだった。

「ハハハハハ!!樽!!!樽に三日も!!!?
 しかも樽に入ったまま戦ったなんて!!

 いやぁ、でもそれは命拾いしたね。
 もし樽を被ってなかったら、先に狙われてたのはタントさんの方だったかもしれないし」

「さん付けはやめろよ、先輩冒険者。
 ていうか何の話だ、それ?」

 ホークの含みのある物言いに引っかかるタント。
 ホークは先程までの奴隷狩りの黒幕との話を言って聞かせた。

「――ってわけなのでした。
 クラリスのおかげで、タント達は暗殺大道芸人に狙われる心配はなくなったってわけだ。
 それにしてもあの銀髪の人、やっぱり凄腕の殺し屋とかかな?」

「──それは盗賊ギルドの人間の話か?」

「親父さん」

 話し声が聞こえたからか、他の客の応対がひと段落した親父がタント達のテーブルへやってきた。

「あ、そういえばここの常連さんの部下……って言ってたわね。
 親父さん、ひょっとして心当たりあるの?」

 クラリスが尋ねる。

「いや、知ってるも何も……。
 そろそろじゃないか?」

「そろそろ? 何の話だよオッサン」

 はっきりしない親父の物言いに、タントが質問を重ねる。

 その時、今日何度目かの入口の鐘の音が響く。

「ほら」

 親父はタントの質問に答えるかわりに顎で入口の方を指す。

 そこに立っていたのは二人。

 一人は銜え煙草の女。
 袖のない黒い服は動きやすそうで、両腕に彫られた漆黒の爪の刺青は、裏社会の人間だと主張している。
 両耳には翡翠のピアスが鈍く光っていた。中性的な雰囲気を持つ女だった。

 そしてもう一人。
 女の傍らにまるで騎士のように付き従う男。
 背が高くやせ形、そして整った顔立ち。
 ホークの話に出てきた男と寸分違わぬ特徴を持つ、銀髪の男だった。

「邪魔するぜェ、祝杯亭」

「時間通りだな、刺青の」

 親父を祝杯亭と呼ぶ女、女を刺青と呼ぶ親父。
 二人は親しげに挨拶を交わした。

「あ、貴方さっきの……!」

「君たちか。先程は手を煩わせてすまなかったな」

 クラリス達の姿を認め、男は声を掛ける。
 それを見た刺青は男を押しのけて前に出る。

「アンタがクレインとかいう魔術師か?
 今回は災難だったなァ。
 アタシは盗賊ギルドの、刺青って呼ばれてるモンだ。

 ……へェ、愛嬌のあるいいツラしてるじゃねェか。
 冒険者やめたくなったらうちに来な、人の落し方から人の殺し方まで仕込んでやるぜ」

「は、はあ……」

 不躾にクラリスを眺めまわす刺青の女。
 初めて見るタイプの人間に、クラリスはちょっとだけ腰が引けていた。

「おいおい、うちの有望な新人を勧誘するのはやめろ刺青。

 ――で、そいつが例の派遣冒険者か?」

「あァ、私の部下だ。
 シルバって言う」

「派遣冒険者……?
 どゆことッスか、親父さん?」

 プリムラが初めて聞く単語に首を傾げる。

「文字通り、盗賊ギルドからの派遣冒険者だ。
 うちの宿には今、盗賊技能を使える冒険者が少ない。
 それで付き合いのある盗賊ギルドに人員を借りれないか相談していてな」

「アタシらとしても、この辺の情報を集める人間が必要だったからな。
 利害が一致したってわけだ」 

「シルバと言う。
 よろしく頼む」

 仏頂面で挨拶をするシルバ。

 それを眺めていたタントは親父を睨む。

「何ていうか、話が出来過ぎてやがるな。
 オッサンの考えとしては、この六人でパーティを組ませたい……そんなところか?」

 タントの指摘に親父は目を丸くする。
 この少年は意外なところで頭が回る。

「察しがいいなタント、その通りだ。

 もともとホーク達はシルバと組ませるつもりだったんだが、ちょうどよくお前らが現れたからな。
 六人ってのはパーティ組むにはちょうどいい数だ。役割もバランスよく分散している」

 六人はそれぞれ顔を見合わせた。

「俺に異存はない。
 俺は冒険者としては素人だ。
 仲間がいるというのならば心強い」

 シルバ。

「僕は賛成だよ。

 盗賊に僧侶、そして背中を任せられる戦士か。
 うん、確かにこれは出来過ぎてるくらいだ。

 ね、クラリス。クラリスも知ってる人と組んだ方がいいでしょ?」

 ホーク。

「ホークくんがいいなら、もちろん!
 タントくんが強いのは知ってるし。
 どうかしら、タントくん?」

 クラリス。

「俺は構わねえぞ。
 どうするチビ助、プリムラ」

 タント。

「……チビ助ではないですが。
 私も賛成です。
 人数が多い方が一人辺りの負担は減るでしょうし、そちらのホークさんは冒険者としての経験があるのでしょう?
 私達みたいな経験の浅いチームには心強いです」

 ユーフェ。

「わたしも賛成ッスー!
 なんかワクワクしてくるッス」

 プリムラ。

「決まり、だな」

 親父は自分の目論見がうまくいったとでも言うようにニヤリと笑った。

 こうしてこの日、六人の若者たちはパーティを組むことになった。

 それぞれの別の場所から集まり、別の場所を目指し、されど同じ船へと身を預ける。
 船は進み始めたばかりだ。
 その船が彼らをどこに運ぶのか、知っているのは風だけだった。






【あとがき】
 全員集合です!
 …ってそっちがおまけのようになっていますが、一応パーティ結成回です。
 メインはホークラリスの初のタッグ戦闘となっております。

 奴隷狩りの黒幕、ジョン・ベイカーの使っている武器ですがSIG様のシナリオ「鼠の行路」の黒曜の羽をイメージしています。
 値段は張りますがかっこいいし便利なので、気になった方はぜひ使ってみてください。

 さあ、次回からいよいよリプレイ本番です!!
 各PCの初期装備を載せておきます…

 タント
 (スキル)なし
 (アイテム)なし
 (設定上の持ち物)バスタードソード

 クラリス
 (スキル)炎の矢(武闘都市エラン)⇒600sp
 (アイテム)なし
 (設定上の持ち物)

 ホーク
 (スキル)なし
 (アイテム)なし
 (設定上の持ち物)槍

 ユーフェ
 (スキル)癒身の法(交易都市リューン)⇒600sp
 (アイテム)なし
 (設定上の持ち物)なし

 シルバ
 (スキル)心研ぎ(追憶の書庫)⇒1000sp
 (アイテム)ダーク(武具・「夕日の鉄撃」)⇒500sp
 (設定上の持ち物)なし

 プリムラ
 (スキル)狙撃(追憶の書庫)⇒1000sp
 (アイテム)なし
 (設定上の持ち物)弓矢

 ・・・・・・・・・銀貨袋の中身 【300sp】

著作権情報…
 「黒曜の羽」→SIG様「鼠の行路」より。著作権はSIG様にあります。
 「ダーク」→SIG様「武具・「夕日の鉄撃」」より。著作権はSIG様にあります。
 「炎の矢」→飛魚様「武闘都市エラン」より。著作権は飛魚様にあります。
 「癒身の法」→斉藤 洋様「交易都市リューン」より。著作権はgroupAsk様にあります。
 「心研ぎ」「狙撃」→のいん様「追憶の書庫」より。著作権はのいん様にあります。
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